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「フィーナ様、ようこそ、いらして下さいました。私が当店の支配人、ルシア=ノーティスです」
私は意を決してフィーナに名を名乗った。
夢の記憶が確かなら彼女はルシアを知っている可能性がある。
500歳以上の年齢ならありえる話だからだ。
「――そ、わかったわぁ。妾は楽しみにしてるのよぉ。アウレイナスの坊やが絶賛していたのだから」
フィーナはニコリと微笑んで返事をした。
この名前への反応は特になかった。勘違いだったなのかな?
それにしても一国の王子を坊や扱いとは、この方は本当に王族など歯牙にもかけていないようだ。
「ええ、フィーナ様に気に入っていただけるように精一杯のおもてなしをさせて頂きますゆえ、ごゆっくりとお楽しみください」
私は丁寧に頭を下げて、フィーナを席まで案内した。
『魔導保温庫』の為に是非とも彼女には気に入って貰わなくては!
頼んだぞ、リーナ、あと、ついでにケビンも……。
ジプリーナ料理の前菜はゴマをペースト状にしたものにニンニクやレモン汁、そしてオリーブオイルを混ぜて作られたものが基本である。
そこに焼きナスだったり、豆だったりを加えたりしている。
また、ヨーグルトを添えて出す店も多い。
メインとなる肉料理。
ジプリーナでは串焼きが基本である。
ただの串焼きというが中々奥が深い。丹念に肉を回転させながら油をかけて、じっくりと焼く。
外はパリッと、中はジュワッと、この食感がジプリーナ人が最も好みだとされる食感である。
串焼きの出来で店の格が決まると言っても過言ではない。羊の肉がポピュラーだが、高級な料理になると竜や魔獣の肉も使う。
その際の調理風景は結構グロテスクだったりする。
魚料理も様々あるが、最も人気のメニューは白身魚を揚げてトマトソースをかけ、さらに蒸し焼きにした料理だ。パクチーを適度に添えて出す店がほとんどである。
他にもメビーラと呼ばれる近海の大型の魚を塩漬けにして発酵させた料理もあるが、臭いが強くレストランのメニューには向いてない。
ただ、この国の祝い事には欠かせないメニューらしく、貸し切り、もしくは持ち帰りのみで注文を承ることもある。
とまぁ、挙げるとキリがないのでこの辺にするが、フィーナに提供した料理は当然、【シルバーガーデン】のシェフが腕によりをかけ作ったジプリーナ料理である。
デザートのみは例のモノを出すつもりだけど……。
「ふうん。まぁ、いい腕なんじゃないのぉ。ちょっとばかり人よりも長い年月ジプリーナに住んでいる妾に対してぇ、ポピュラーなジプリーナ料理をバカ正直に出してくるところなんか、勇気があるじゃなぁい」
あとはデザートを残すという段階でフィーナは初めて料理の感想を口にした。
あっ、しまった。確かにフィーナはジプリーナに500年は住んでいるのだからこの国の料理なんて食べ飽きてるはずだ。
でも、ちゃんとウチの味を知ってもらうにはジプリーナ料理で勝負することしか頭になかったし……。
「うふふ、支配人さん。今、『しまった』って思ったでしょぉ」
フィーナは私の心を読んだかのように発言する。私はドキリとしながら彼女の表情を伺った。
彼女のサファイアのような藍色の瞳はケビン以上にすべてを見通しているようだった。
「いえ、そのようなことは決して……」
思わず、私は虚勢をはった。だって恥ずかしいし……。
「妾は何でもしっているのよぉ。バカ正直なところは『あの人』にそっくりなんだから……」
「えっ? あの人?」
「さぁ、デザートは何を食べさせてくれるのかしら。坊やは確か、デザートが売りとか言ってるみたいだったけどぉ」
フィーナは構わず話を進めて、デザートを催促した。私はそれに従って【神秘の実のシャーベット】を出すように指示する。
銀色に輝くシャーベットがフィーナの元に運ばれた。
うん、いい出来だ。あとは、彼女の口に合うかだけど……。
無言……。
フィーナは終始無言でシャーベットを食す。
不味かったら食べないはずだけど……。黙々と食べられるとなると少しばかり気まずい。
大丈夫かな? どうなんだろう?
フィーナの感情はどうにも読み辛いので、私はヒヤヒヤしていた。
「ふぅ、ごちそうさま。支配人さん、あなたと二人きりでお話がしたいのだけどぉ。付き合ってもらえるかしらぁ?」
シャーベットを食べ終えたフィーナは私と話がしたいと言い出した。
もちろん、断るわけにはいかないので、応接室に彼女を案内して希望通り、人払いをした。
もしかして、料理の出来が悪いって怒っている? 私は内心ビクビクしていた。
「そんなにビクビクしないでも大丈夫よ。妾は優しいの。悪いようにはしないわぁ」
悪いようにはしないって悪人のセリフなんだけどなぁって思ったけど、私は黙っていた。
とりあえず、わざわざこんな新参の店舗に足を運んでくれたフィーナにもう一度お礼を言うべきだろう。
「フィーナ様、この度は――」
「あなたは、『あの人』を知っているの?」
私が口を開くのと同時にフィーナが質問をする。『あの人』と言われて、私は即座に何を示しているのか察することが出来た。
「あの人とは、『ルシア=ノーティス』のことでしょうか? もちろん、私ではなくて……」
やはりフィーナはあのときルシアと共にいた女性なのだろう。私はそう確信していた。
「ええ、久しぶりねぇ。アーシャだったかしらぁ? “あの頃”の貴女の名前は――」
このとき、私は500年以上生きている魔女の恐ろしさを初めて体感したのかもしれない。
フィーナという魔法使いは想像以上にすごい人間だった――。
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