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06 噂話
今日は騎士団の鍛錬所に顔を出す。あたしは正式な騎士ではないので、週2から3回くらいの割合でここで訓練している。
無心になって、剣を振る時――あたしは悩みとかそういう、嫌なことを忘れることが出来からだ。
ついでに鬼気迫る表情で剣を振れば、誰もあたしに近づかないしね。
「クリスティーナ様、今日は早いのですね。貴女のような実力者と稽古が出来なくなるのは残念です」
あたしの先輩騎士のエリーに話しかけられた。
彼女はあたしが騎士団に入ったとき何かと世話を焼いてくれた姉のような人だ(前世を入れたらあたしの方がずっと歳上だけど)。
剣の腕も確かなモノで騎士団長と互角くらい。男なら団長になっていたかもしれない。
「えっ、どうして? エリー、騎士団辞めちゃうの?」
あたしはポカンとした表情で聞き返した。
エリーが居なくなるって、結婚とかかな?
「いえいえ、私は辞めませんよ。あれ? クリスティーナ様はアウレイナス殿下と婚約をされたと伺ったのですが……」
エリーは不思議そうな顔をしている。
えっと……噂の広がるスピードが半端ないし、いつの間にか婚約していることになって広がっていた。
昨日のマリーナも婚約したみたいなこと言ってたけど、あれは冗談じゃなくてホントにそういう噂になって広がっているんだね。
そもそも、どうやって漏れたんだ、しかも誇張した形で……と考えた時――我が家の恋愛バカの顔が浮かび、ため息が出そうになった。
あいつ、まさか既成事実を作ろうとしてワザと……。
「あのー、確かに殿下とそのような話は出てるけど、全然、婚約とかは決まってなくて。むしろ、あたしは乗り気じゃないというか、何と言うか……」
あたしは言葉を濁らせながらそう言った。
エリーは平民だ。彼女が知っているということは、既に国中に噂が回っている可能性がある。
「乗り気じゃないのですか!? というより、断られる可能性があるのです? それはまた、クリスティーナ様らしいといえば、らしいですが。あまり無茶はされない方がよろしいと思いますよ」
エリーは心配そうな顔をしていた。確かに、下手なことをするとお父様の立場も悪くなっちゃうし、それが悩みのタネなんだよね。
「それに――」
「それに?」
「クリスティーナ様の送別会の準備を既に始めてしまっているのですよ。飾り付け班、お料理班、プレゼント班に分かれて、盛大な会を開こうと、騎士団一同が張り切って……」
「へっ……? そ、送別会?」
あたしはいろいろと驚いている。ここでの自分の態度はお世辞にも良いものじゃなかったはずだ。
男連中には、キツイ態度をとっていたし、仲が良いのはエリーくらいのものだった。
張り切って送別会の準備って……あたしが居なくなるのが嬉しいからだと思ったが、どうも違うらしい。
「クリスティーナ様は嫌がるでしょうが、騎士団のメンバーは皆様はあなたのことが大好きなんですよ。クリスティーナ様の幸せを両手を挙げて喜ぶほど……。ファンクラブだってあるのですから」
エリーは楽しそうに衝撃の事実を伝えた。
――そんなの知らない。
妙に手合わせの申込みが多いとは、思っていたよ。でも、それはあたしを倒したい一心かと……。
まさか、一本取られて喜んでいたとは思いもよらない……。
「はぁ……、そうだったのか。取り敢えず、まだ辞める予定はないので送別会の準備は止めといてもらえるとありがたい。確かに、殿下の求婚を断るのは――」
そうあたしが言いかけたとき、ざわざわと慌ただしい音が鍛錬所の入口の方から聞こえた。
何事だろう? あたしとエリーは人が集まっている方に足を向ける。
「本当に誰もご存知ないのですの? 銀髪のルシア様を……。とてもお強い方なので、騎士団の方々なら何か知っていると思いましたが……」
なんと、メリルリアが騎士団のメンバーに、“ルシア=ノーティス”についての聞き込みを行っていた。
後ろに使用人らしい執事や侍女を10人以上引き連れて。マリーナに聞いていたが、本当にこんなに派手に動いているなんて……。
本気でルシアを探してるんだ……。そんな人は居ないのに。
「背格好は……、あら、丁度いいですわ。彼女くらいの大きさですの。髪の長さは……、あれ、偶然ですわね。彼女と同じくらいの長さですわ」
メリルリアは何事かと近づいたあたしを見ると、ニコリと笑ってそんなことを言っていた。
そりゃあ、身長と髪の長さは変えなかったからな。
同じに決まっているよね。これは迂闊だった。
「うーん、それにしても……。あなた、ルシア様に似ていますわね。まぁ、ルシア様はもっと格好良かったですが……」
マジマジとメリルリアに見つめられて冷や汗をかいたが、大丈夫みたいだった。そりゃあ一応女として見られてるもんな。
それにしても、やはりキレイな娘だ。騎士たちもみんな見惚れている。当然と言えば、当然だな。
その時、あたしの脳裏に電流が走った。いい事を思いついたぞ。ふふっ、これは使えるかもしれない――。
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