月の輝く夜は 

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月の輝く夜は 

 こちらの世界にも月がある。  満ち欠けがあって満月にはほぼ真円になる。元の世界のそれに似ていると言えなくはないが、クレーターの模様は記憶とは全く違うし、色も違うし(季節が巡るごとに色も変わるらしい)、月の下には輝く星々が横並びに並んでいる。月の首飾り、と言われているそうだが、もちろんこんな星の並びはあちらの世界にはない。  「あちらの世界(地球)」と「こちらの世界(異世界)」。  醒めない夢を見ているようだと、今でもたまに思う。  でも「夢」発言は禁句だ。封印だ。  それは、「今」を現実として生きるひとたちを傷つけるから。  そしてわたしも、「今」を現実として生きてゆく、そのひとりとなったのだから。  *****  レオン様──異世界でできたわたしの恋人──に初めて抱かれてからの数日間。  彼は激務の中せっせと夕食時には帰ってきてわたしと食事をとり、お風呂まで下手をすると一緒に頂いて(乱入されて、と言ったほうが正しいかもしれない)そのまま夜を過ごす。丹念に、濃厚に愛撫され、からだも思考も蕩けきったころに胎内をもじっくりと暴かれる。わたしが処女ではないことは当然明らかだったろうが、そういう「経験」が殆どないことはレオン様にはすぐわかったらしく、それはもう毎日嬉々としてわたしに様々なことを教え込み、彼曰く「とても素直に反応する」と毎晩上機嫌である。  しかし、今夜はついに「食事は一緒にできないし、夜も遅くなるかもしれないから先に寝ているように」と言われ(連日さぼったしわ寄せだろうと思う)、わたしは一度は床に就いたのだけれど、また起きだしてしまった。この寝台は一人で眠るには広すぎる。わたし専用の部屋を使えばよかったな、と今更ながら少し後悔した。ここしばらく美貌の恋人にこれ以上ないほど甘やかされたわたしには、ひんやりとした広大な寝台で、静まりかえった夜を、未だ慣れぬ異世界の夜をひとりで過ごすのはもの寂しい。  それに何より、今日の月は満月ではないというのに凄いほどに照り輝き、「月が綺麗ですからこのままにいたしましょうか」と侍女さんたちに勧められ、寝所のカーテンを下ろしていないので部屋の中は夜とはいえ十分に明るい。眠るにはいささか明るすぎるくらいに。  無理に眠ることもない。わたしは室内履きをひっかけ、パノラマビューの窓を開けて、バルコニーへ出てみることにした。  *****  広いバルコニーには、室内からの眺望を妨げないよう計算された低い花壇があったり、小さな噴水まで作られていて、ちょっとしたお散歩が楽しめるしつらえになっている。もっとも、夜は噴水は止められていて、とろりとした風のないこんな夜には、水盤の中の水面は鏡のように滑らかで、そこには半円よりちょっとふくよかな月と、その首飾りと呼ばれる星々が鮮やかに映りこんでいる。  ふわふわ、と、眼前を淡い光を散らして蝶が横切った。  夜に飛ぶ蝶は希少らしいけれど、その蝶の好む花々を特に選んで植えているとのことで、足元を見ると、白銀の花に青い蝶が幾羽もとまってその美しい羽を休めている。青い蝶は月光が美しい夜ほどより冴え冴えと青く輝くのだそうで、確かに今日はその青さ、輝かしさは格別のようだ。  ……美しすぎる。  わたしはなんとなくため息をつきつつ、低い噴水の縁に腰を下ろした。  青い蝶。密林での任務のときに見たことがある。  あのときは、反政府勢力を支援する側だった。  圧政者との死闘。全員生還したのはわたしの部隊だけだった。「あの上官」が率いる隊も、数名を失ったと聞く。それほどの激闘ののち。  累々と横たわる死体。その上を、青い蝶が飛び交っていた。  血と硝煙の匂いが立ち込める中、死者の魂のように、ふわふわ、ゆらゆらと。  あの任務のあとだ。「上官」と想いを交わして、初めて抱かれたのは。  ……元の世界のそれよりもより神秘的なまでに美しい蝶を見ながら、わたしは唐突に思い出した。  結果的には任務は成功で、部隊はいったん解散になって。普段ならひとりでそのまま大好きな保養地へ飛ぶのだけれど、部下を失って悄然としている彼が気になって、勇を奮って「気分転換、お付き合いしましょうか?」って声をかけたのだ。  断られると思ったのだけれどそんなことはなく、数日後には抱かれていた。  流されたのではないし、同情の延長線でもない。これは断言できる。  素の彼は生真面目で不器用で、けれどとても正義感があって。任務を終えて一緒に過ごすわずかな数日の間に「わたし、このひとのこと好きだったんだ」と初めて実感したのだ。軍人として、個人的にも指揮官としてもそれはそれは優秀で、ずっと好ましい、慕わしいと思っていたのだけれど、男性としても好きだったのだと。  彼はわたしのことを好きだと言ってくれたし、わざわざ「抱いていいか」と直截に聞いてきたことも覚えている。思わずそれに吹き出してしまったことも。けれどわたしに余裕があったのはそこまでで、いざ行為が始まるとかちこちに緊張してしまって、彼はわたしの背中を何度も撫でながら「怖くないから」と(なだ)めすかしていたのだった。わたしが初めてだと知って、強面をわずかに綻ばせて。  優しかったのに。愛してくれていると思ったのに。  なぜ、あんなことになったんだろう。  もう、わたしは彼を愛してはいない。けれど、「あの夜」までは確かに好きなひとだったとも思う。  荒い息。ぎらつく暗緑色の瞳。からだじゅうに与えられる、愛撫とは程遠い力任せの行為。  思い出すだけで寒気がする。  穏やかな月夜は冷気など全くないはずなのに、わたしは思わずみずからを抱くようにして肩を撫で擦った。  *****  「──リーヴァ」  背後から、不意に名を呼ばれた。  「レオン様」  「どうした、リーヴァ」  レオン様は大股にこちらへ歩み寄ってくると、長身をかがめてわたしを抱き込んだ。  純金色の波打つ髪がふわりとわたしを覆う。   上衣の襟元を緩めただけの服装。昼間のいでたちのままだ。  こんな時間まで仕事をしていたなんて。  わたしの生まれた国の民族は「働き蜂」とその勤勉ぶりを揶揄されていたけれど、この世界、それも最高権力者である方々の多忙さと働きぶりときたら並ではない。頭が下がる。  「レオン様、お帰りなさい」  わたしはレオン様の顔を見上げて言ったのだけれど、いつもはにっこりして「ただいま、リーヴァ」と応じてくれるのに、彼は秀麗な眉を寄せたままだ。  「リーヴァ、なぜ外へ?」  心なしか強張った声で、レオン様は言った。  「君は寝つきがいいのに、どうして」  「……月がとても綺麗で」  「月光に誘われたと?」  「そうかもしれません」  なんて優美な表現をするひとだろう。  思わず笑みを浮かべつつ、中腰のままのレオン様にわたしの隣に座って頂くよう促す。  レオン様はおとなしく腰を下ろした。  予想通りというべきか、わたしはあっという間に膝の上に横座りにさせられたけれど。  「笑いごとじゃない」  わたしを抱き寄せ、頭を撫でながらレオン様は憮然として言った。  「先に寝ていろと言っておいた日は、君は遠慮なくぐっすり眠っているはずなのに。その君がいなくて、俺がどれほど驚いたと思う」  「……心配しすぎです、レオン様」  微妙にディスられているのかと思わせるレオン様の発言に、わたしはくつくつと笑い出してしまった。  「窓、開いていたでしょう?」  「ああ」  「お城の最上階ですよ。こんな夜中、私以外に出入りする者がいるはずもないでしょう?」  「まあ、な。……」  不承不承、という感じでレオン様は同意してくれた。  けれどそれでもまだ、その表情は晴れない。  どうしたんだろう、と内心首を傾げながら、わたしはつとめて屈託のない声を出した。  「月が明るくて、綺麗で。……出てみました」  「確かに」  レオン様はつられたように空を見上げた。  「今日の月は見事だな」  「本当に」  煌々と照り映える月光の下。  純金色のレオン様の髪は金銀織り交ぜたように輝いて、ため息が出るほどに美しい。  月夜に降り立った太陽神のようだ。  「……夢みたい」  うっとりと、わたしは呟いた。  それが、その時のレオン様に対して絶対に言ってはならない言葉だと気づかずに。  「……夢、か」  「ええ、……?」  頭を撫でていたレオン様の手が止まった。  気のせいか、声も硬い。  レオン様の胸にからだを預けていたのだけれど、不安になって身を起こした。  「レオン様……?」  振り仰いだ彼の顔には、なんとも形容し難い表情が浮かんでいる。  怒ってはいないと思う。けれど、見たこともないような、複雑な。強いて言えば、不味いものを飲み込んだような。  どうなさったの、という言葉は、ものも言わずに重ねられた唇の中に飲み込まれた。  ……一瞬抗おうとしたけれど、すぐに思い直してからだの力を抜いた。  その判断は少なくとも間違っていなかったらしい。束の間、抵抗は許さないとばかりに荒々しくなりかけたくちづけは、わたしの脱力を察知したらしく、すぐに甘やかな、熱っぽいものとなった。  ほとんど息継ぎの暇も与えられないくちづけ。鼻に抜ける、甘えた声を出しながら息をするのがやっとだ。咥内を余すところなく舐めまわされ、舌を絡められ。溢れ零れる以前に、唾液は全て啜りこまれ。  激しいくちづけから解放される頃には、寝衣は滑り落され、薄いレースの下履きもあっけなく取り去られて、彼の膝の上でわたしだけが全裸にされていた。  我に返れば羞恥心しかない。  今度こそわたしは全力で膝から降りようとした。  無駄な足掻きだったけれど。  「レオン様、ここ、外」  「誰も来ない」  レオン様はわたしを片手で抱き込みながら、空いたほうの手を胸にかけた。  尖りを摘ままれ、捻られて声が裏返るのをこらえながら必死でレオン様を見上げる。  「来なくても!……んん、あ、……静か、だから、声、あああ!」  「俺の城だ。誰憚ることもない」  レオン様が口いっぱいにわたしの胸を頬張る。尖りをねぶり、唇で、歯で扱きながら、挑戦的ともいうべき口調で喋り続ける。  「恥ずかしいのか、リーヴァ?」  「それは、当然っ……!」  何かのスイッチを入れてしまったのだろうか。  レオン様はわたしの左右の胸を舐めしゃぶりながら、けっして腰を抱く手を緩めようとはしない。  抱かれるのはイヤじゃない。  ただ、わけもわからないままこんなにも激しく、外で、というのはわたしにはハードルが高すぎる。  「ね、レオン様、お願い……!」  せめて寝台で、と言おうとしたその時。  レオン様はわたしの腰を抱いたまま立ち上がると、ようやく立たせてはくれた。  ほっとしたのもつかの間、とん、と軽く背を押され、つんのめりそうになって、思わず今まで座っていた噴水の縁に手をかける。  静かに凪いだ水面に月と、自分と、その後ろに立つレオン様が映っている。  唇を腫らし、髪を乱し、困惑顔のくせに、全裸で腰を高く上げ、その先をねだっているかのようなあさましい自分の姿が。  「レオン様、恥ずかし、……あああ!!」  ずぶり、と圧倒的な質感のものに一気に貫かれた。  胸を愛撫されただけなのに、わたしのそこはすっかり濡れそぼっていたから、痛みはない。けれど、あまりに唐突な侵入に、ぶわりと涙が溢れる。  「……夢じゃないだろう?リーヴァ」  ぬちゅ、とイヤらしい音が殊更に大きく響いて耳を犯す。  ゆっくりと腰を動かすレオン様の声はいっそ淡々として聞こえるほど静かだ。  乱れる自分が嫌で思わず目を閉じると、そこの感覚が研ぎ澄まされてしまう。  レオン様自身の形も硬さも。きゅうきゅうと締め上げる自分の内側も、まざまざと。  結局、不本意ながらも目を開けているしかない。  すると、水面が見える。ぽっかりと綺麗な月が映りこんでいる。その横で、お尻を突き出してレオン様を受け入れる自分の姿が見えて、羞恥を煽られる。  せめて目を背けようと首を捩じると、耳元に唇を寄せたレオン様に耳朶を食まれ、さりげなく前を向くよう促される。  「どうだ?これは夢か?」  湿った音をたてて、レオン様が小刻みに腰を動かした。  ああん、と喘ぎながら、わたしは懸命に頭を振る。  腰を捉えるレオン様の手の強さも、からだを穿つ熱も。夢なんかじゃない。そんなことわかっている。  「返事は、リーヴァ?」  「はああん!!」  ずぶり、とひと際深く突き上げられて、わたしはのけぞった。  ふるん、と大きく揺れるわたしの胸を、レオン様は鷲掴みにしてじわじわと揉みしだく。  さきほどまで、唾液でべたべたにされた胸の頂きを、指で挟み、捻り、引っ掻いて執拗に責めたてる。  「夢じゃ、ない……!」  私は声を振り絞った。  聞こえないな、と言われ、咎めるように腰の動きが速くなった。  高まる快感と羞恥で脳が痺れる。  「レオン、さま、夢じゃ、ない……」  「そうだ、リーヴァ。夢じゃない」  激しく突き上げながら、レオン様はわたしの胸ごと上体を背後から抱きしめた。  そして腰を支えていた手を前へすべらせ、敏感な肉粒を残酷に摘まみ上げる。  瞬間、達してしまう。  「あああああ!!」  「これは現実だ、リーヴァ。君も、君を抱く俺も」  ようやく、レオン様の声に感情が宿る。  少し掠れたうっとりするような美声に熱と欲が入り混じる。  吐息とともにねっとりとうなじに舌が這わされる。  達したばかりでひくひくと騒めく膣壁を、レオン様の剛直が縦横に抉りたて、かき回す。  わたしはあられもない声を上げ、のけぞり、苦しいほどの快感を散らそうと身を捩った。  お尻を振っているように見えてしまうはしたない素振りは我ながら情けなくて。けれど頭の片隅で、確かに安堵する自分もいて。  「こちらの世界(異世界)」で、こんなにも激しく求められることが嬉しくて。  「……現実を、思い知らせてやる」  肌と肌がぶつかる乾いた音、卑猥な水音をたてながら、レオン様は熱っぽく囁く。  朦朧として快感に身を任せたまま、わたしはこくこくと頷いた。  このまま、この行為に酔いたかったのに。ようやく、はじめのころの羞恥心はどこかへ雲散霧消したはずなのに。  水面に映るレオン様の硬質の美貌に妖しい笑みが浮かぶ。  「リーヴァ。今、君のここはどうなっている?」  「レオンさま、何を……?」  最後まで、言葉を紡ぐことはできなかった。  胸の先、秘芽、柔襞の中。それらを一度に刺激されて、わたしは声にならない声を上げて絶頂する。  「レオン、様っ……!!だめ、そんな……っ!」  「‘そんな’?具体的に言わないとわからんぞ」  容赦なく、三か所全てを蹂躙されて、また達してしまう。  声を嗄らして喘ぐわたしに、レオン様は間断なく刺激を与え続ける。  「あそこ、が、ふるえ、て、……」  「‘あそこ’?」  どこだそれは、と言いながらレオン様のもので中をかき回され、わたしは喘いだ。  「れおんさま、そこ、その……!ああん!!」  「はっきり言うんだ、リーヴァ」  痛いほどに敏感になった陰核を摘ままれて、また声が裏返った。  *****  ……獣のように後ろから貫かれ、卑猥な言葉を言わされ続けて、どれほどたったのだろう。  わたしの零した蜜と、レオン様の放ったものが抽送のたびに溢れ、飛び散って、足元に小さな水たまりを作っている。  夢などと言わせないと、レオン様は繰り返し囁き続けた。  そして、月夜にひとりで出歩くな、とも。  あり得ない月と星の並び──「天体の奇跡」の夜、わたしが現れた。  月の輝く夜は、その日のことを思い出させるからと。月の光とともに、わたしが還ってしまうのではないかと不安になるからと。   月がゆっくりとその位置を変えてゆく。  青い蝶がその美を誇るように乱舞する。  あいかわらず雲ひとつなく、水面に映る月もまた眩いほどに輝いている。   
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