水底

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 連絡のないまま、木曜日になった。  鹿児島で会った時間を反芻することで、俺の気持ちはバランスを取り戻し、勢いよく回る駒のように、安定したエネルギーが満ちた。  木曜がだめでも、また土曜に会いに行くことを考えていた。  夕方になるまでは数学に打ち込んだ。俺は一日に1教科ずつ、がつがつとこなす方が性に合っていた。なので、本当なら英語をやるべきだったけれど、数学の応用問題で理解できないものがあって、ネットで調べたりするうちに遅れが生じ始めていた。  気づくと、日が暮れていた。母親が仕事から帰ってきた気配があり、夕食の準備をし始める物音が聞こえてきた。  飯田先生から連絡があったか、聞きに行こうと立ち上がると、スマホの画面が光った。  ブラックアウトしたスクリーンの端に一瞬だけ、メッセージがよぎる。 <なんとか近くまで来れた。遅くなっちゃったから、外でやろう>  トーク画面を開くと、国道沿いのファミレスの名前が記されていた。 <自転車で向かいます>  と俺は返信して、大急ぎで勉強道具をリュックに詰め込み、そっと家を抜け出した。  息を切らして辿り着くと、店の中で、先生はノートPCを立ち上げていた。  俺に気付くと、ひらひらと手をあげる。 「ごめん、私、作らなきゃいけない書類があるんだ。質問あったらその都度言って」  向かい合った席で、俺は問題集を開き、大人しく集中しようと努めた。  先生は、淡いグリーンのブラウスを着ていた。ごく短い袖が二重になっていて、ふんわりと透けていた。前開きのボタンは、きちんと上まで留められている。長い髪は、ひとつに結い、綺麗な形の耳が見えていた。白く、洗い立ての貝殻みたいに、ほのかに光っている。  イヤリングでもすればいいのに、と思った。 「鮎川くん!」    突然、後ろから弾んだ声が聞こえた。通路にわらわらと、同級生の女子たちが3人ほど立っていた。
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