18人が本棚に入れています
本棚に追加
ドアが細く開く。
白いTシャツ姿の先生が、顔を出した。
「啓太くん」
なぜ来たのか、と問うような視線に怯まないように、足に力を込めようとした。
けれど、会えた喜びと、緊張の糸が切れたせいで、よろよろとドアの縁に手をついて、反対の手で顔を覆った。こんにちは、と挨拶すると、
「ちょっと待ってて」
とドアを締められた。再びドアが開いたとき、先生は片手に財布と車の鍵を持っていた。
「ごめん、中、散らかってるんだ。近くにファミレスあるから、そこ行くが」
「すみません」
するり、と部屋から出てきた先生から、甘い香りがした。部屋の中の匂いなのか、洗濯物の匂いなのか。香りに心を奪われていると、
「顔色悪いね。大丈夫?」
と心配された。
「ちょっと、熱中症ぽくて」
「どうやって来たの? お母さんかお父さんに送ってもらったの?」
「ええと、バスで」
先生の車でファミレスへ連れて行ってもらった。歩いても10分も掛からない距離だったとは思うけれど、猛暑のなか歩くことを思うと、救われた思いだった。
隣でハンドルを握る、先生の気配と香りが、俺をすっかり安心させた。
ファミレスの席について、水が運ばれてきてからようやく、先生は僕の来訪理由について尋ねた。
「わかんないとこでも、あった?」
彼女は遠慮がちに問い、すぐに水の入ったグラスに視線を落とす。口元は笑っているけれど、俺が先生を困らせているのがわかった。邪険にするような仲じゃないけれど、待ち焦がれていた来訪者じゃなかったのが、一瞬でわかった。
「心配で」
と俺は用意していた言葉を、これ見よがしに使った。先生の脚が、テーブルの下でもぞもぞと動いた。
「ああ……木曜日、ごめんね。なんか、いろいろあって。でも大丈夫だから。受験生に来てもらっちゃうなんて、先生失格だ」
「いえ、あの、何があったんですか」
「それは……いろいろだよ」
「……そうですか」
話してもらえないのか、と落ち込んでいると、
「でも、来てくれてありがとう。啓太くんの声聴けて、少し気分変わった」
笑うと、いつものえくぼが出来た。
最初のコメントを投稿しよう!