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「嘘つくとき、そうやって笑いますよね」
こぼれた自分の言葉に、自分で慌てたが遅かった。
「嘘じゃないよ」
先生はますます笑った。嘘じゃないよ、ほんとだよ、ほら、何頼む? 朝ごはん、食べた?――――
「俺、子どもじゃないんで。メシで誤魔化さないでください。何かあったんでしょう?」
今日は、先生の小指に指輪がないことに気付いていた。休日だから外しているだけ?
「失恋したんですか?」
先生の表情に、ふっと影が差した。しばらく黙って、笑みの消えた瞳で俺を見つめていた。ずっと後になっても、忘れられない。
その顔は、俺を慰めるような、自分を慰めてほしいような、何とも言えない絶望の気配を湛えていた。
「生徒に恋バナはしないよ」
俺がメニューを開いてもないのに、先生は呼び出しボタンを押し、飛んできた店員に、パスタとサラダのセットとドリンクバーを二人分注文すると、立ち上がって飲み物を取りに行ってしまった。
戻ってくると、さっきの話はもう終わり、というように、今朝、桜島の噴煙がかなり高くまで上がったことについて、しゃべりだした。まだ、黒い噴煙が見えるという。
相槌を打ちながら、俺は先生が勝手に頼んだパスタを食べ、勝手にとってきたドリンクを飲んだ。
会いたいと切実に願った人と過ごすには、あまりにもお粗末なひとときだった。
桜島なんて、どうでもよかった。
錦江湾に沈んでしまえ、と思った。
沈んでしまいたいのは、本当は自分自身だったのだけれど。
「帰りは送っていくよ。バスだと2時間かかるでしょう。本数も少ないし」
伝票を持って立ち上がる先生の後を追って立ち上がり、会計を払う払わないで予定調和の押し問答をし、結局奢ってもらって外へ出た。店の外壁の白いタイルが光りを反射している。
かすかに、埃っぽい空気が湿気と一体になって体にまとわりついた。
「暑いね」
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