8 聖なる夜に丸太を叩き込む

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あたしは子どもたちの席にブッシュ・ド・ノエルを置いた。小学校高学年以上の子はじっと待つが、低学年から幼稚園の子は我慢しきれずにブッシュ・ド・ノエルを食べにかかった。院長先生やスタッフが嗜めるがそんなのはお構いなしにブッシュ・ド・ノエルを食べにかかる。 院長先生は済まなそうな顔をしながらあたしに向かってペコリと一礼をした。 その時、ブッシュ・ド・ノエルを食べ始めた低学年の子達が叫びだした。 「これ、チョコじゃないよ!」 「うん、チョコと違う」 「チョコじゃないけど美味しい」 あたしは称賛の声を聞いて思わず笑みが溢れた。小学校高学年以上の落ち着きのある子も称賛の声を聞いてどんな味がするのか気になり、おあずけを食らった犬のようにブッシュ・ド・ノエルをじーっと眺めていた。 「じゃ、皆も食べ始めますか」 院長先生がこう言うと同時に小学校高学年以上の子らも一斉にプラケースを剥ぎ取ってブッシュ・ド・ノエルを食べにかかった。一口、口に入れると、何だろうこれと疑問を呈した顔を見せるが、すぐにその美味しさからか満面の笑みへと変わる。 「ただいまー」 梟首一郎が体育館の扉を開けて入ってきた。その片手にはプラスチックの大きな寿司桶が握られている。アルバイト先のつばめ寿司から貰ってきたのだろうか。 「やっとバイト終わったよ」 「あれ? でも閉店にはまだ時間あるだろ?」 「こんな聖夜に飛行機から降りて飯食うやつなんてそうそういねぇ。だから空港内のテナントみんな早引けだよ」 皆、飛行機に乗らずに家でのんびりと言うわけか。 「これ、今年のケーキ? 白鳥さんが作ったの?」 梟首一郎は断りも無しにブッシュ・ド・ノエルを食べにかかった。まぁいいけどね。 口に入れた瞬間に驚いたような顔を見せる。そうだろうそうだろう。 「なにこれ! チョコじゃないじゃん! あんこじゃん」 チョコレートが無い危機的状況、そんな中、唐突にやってきた天童赤鷹の冷蔵車、その中にはあんこがぎっしり詰められた段ボール箱が入っていた。普通ならスルーしているところだけど、あたしはこれを好機だと思った。そして、脳内のあたしがささやく 「チョコが無いならあんこを使えばいいじゃないか」と。 当然ながら溶かしたチョコレート程柔らかくない、生クリームと混ぜるにしても、ロールケーキに塗ったり、混ぜたりする程柔らかくなるとは限らない。ならばまろやかにするために牛乳と混ぜればいいじゃないかと思い、牛乳と混ぜたのが大成功、お汁粉よりも柔らかくなり、生クリームと上手く溶け合い、ロールケーキの生地に練り込むことにも成功した。 突発的に閃いたことがこんなにも成功するとはとあたしは快感を覚えるぐらいだった。次にネックになるのは柏餅の件で知った通りにあんこ嫌いな子が多いと言うこと。こんな子達にあんこを塗りたくったブッシュ・ド・ノエルを出したとして喜んでもらえるはずがない。そこであたしは考えた、 ならばあんこと合う果物を入れて、あんこ独特の甘さを和らげればいいじゃないかと。あんこが嫌いな子でもいちご大福は好きと言う子は多い。 そこで、中に入れるフルーツを多めにしたのだった。幸いにもあんこの入った段ボールに混じってギフト用のフルーツ缶詰が入った段ボール箱があったので、フルーツには困らなかった。元々学校の冷蔵庫に置いてあったイチゴにキウィにバナナ、それに足して缶詰のパイナップルに蜜柑に白桃…… 正直合わないかなと思って天童紘汰に相談してみたところ、 「うち、大福にフルーツ丸ごと入れてるから合うんじゃないか? 特に酸味の甘さがあるものは」と、お墨付きをいただいた。 その目論見は大成功、あんこが嫌いなはずの子ども達が皆喜んであんこのブッシュ・ド・ノエルに舌鼓を打つ。子どもたちのキラキラとした笑顔、あたしはそれが見たいからお菓子を作っているんだ。正直な話、幼少期に12月25日の朝に枕元に置いてあったクリスマスプレゼントより嬉しいかもしれない。16歳にしてこんなに嬉しいクリスマスプレゼントがもらえてあたしは大満足だった。
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