9 出発《でっぱつ》の桜餅

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9 出発《でっぱつ》の桜餅

 あっと言う間に年が明け、これまた瞬く間に3月の下旬を迎えた。 冷たく凍えるような冬の冷気もいつの間にか春の陽気へと姿を変えつつある頃、 担任のたまこ先生がホームルームで珍しく真剣な面持ちで話をし始めた。 「皆さんがこの学校に来てから一年、もうすぐ二年生になりますね」 テストの点が悪かったやつも春休みの補習で埋め合わせをするのか、留年者は一人も出ないらしい……  そもそも留年すると言われてもう一年同じ学年をやり直したという話しは漫画やアニメではよく聞くが、この現実では聞いたことがない。 「クラス替えもありませんので、この特進クラスは今ここにいるメンバーと代わり映えがありません」 隣のクラスの子との新しい出会いを期待してたけど、クラス替えが無い以上は仕方ない。今のクラスメイトとの友情をより深く育んでいくしかないか。 「まだ、早い話ですが…… 二年生になってのゴールデンウィーク明けに行く修学旅行の行き先が決まりました」 気の早い話。京都? 沖縄? 北海道? 東京? 日光? あたしとしてはどこでも歓迎。 親戚の子供が日光に修学旅行に行って、日光東照宮の平成の大修理とカチ合って、ビニールシートしか見ていないと愚痴られたことを思い出した。それはそれで貴重なものが見れたと慰めたなぁ…… 「フランスです」 まさかの予想外! 当然、クラス全体がざわめく。積立金とか大丈夫なんだろうか? あたしはそっちの方が気になった。学費とか二倍に上がってないだろうか? 今度母に聞いてみよう。 「予定としましてはルーブル美術館を余すことなく見学して……」 まともに回ると三日はかかるよねあそこ、多分だけど実際に下見をした先生方は「モナリザとサモトラケのニケとミロのビーナスだけは絶対見れるようにしよう、流石にここ全部は無理だ」とか言いだすに違いない。この三つの人だかりを見て小走りかつ遠目で見るだけで終わるんだろうな…… 「モン・サン・ミッシェルの干潟を皆で歩こうとも考えています」 あたし達は巡礼者なのだろうか。多分あたしら行く時は満潮になってて橋の上をバスで渡ることになりそう。 「後は凱旋門の屋上からパリの風景を見下ろしたり、エッフェル塔に登ったり……」 観光ガイドを斜め読みして適当に考えた感のある修学旅行プランすぎる。多分だけどルーブル美術館の時点で現実に気がついて、そこそこのプランになるんだろうな。 そう言えば、天童紘汰はフランスに行ったことがあるとか言っていたな…… 彼と相談してみてプランと考えたらどうでしょうか。あたしは首をくぃーと動かして天童紘汰の席をちらりとみた。だが、そこに天童紘汰の姿は無かった。また風邪でも引いたのかな?  お菓子職人は体調管理も仕事とか言った感じで風邪引くイメージ無いんだけどな。 「あ、皆さんに一つ言い忘れていました。天童紘汰くんなんですが…… 昨日付で退学しました」
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