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そのまま真っすぐ自宅に帰宅すると、玄関の土間に見慣れないピンクの小さな靴があることに気がついた。お客さんかなと思いリビングに行くと弟が見慣れない女の子とゲームに興じていた。
「あ、いらっしゃい」
「お邪魔してます」
見慣れない女の子はゲームの手を止めてあたしにペコリと一礼した。すると、弟もゲームの手を止めてあたしに駆け寄り、女の子の事情を説明し始めた。
「今日、この子うちで預かるんだ。パパもママもしってる」
「ああ、そう」
「それでね、この子の親戚が亡くなったの」
なるほど、それでこの子のご両親は通夜と葬式に出るからこの子を預かったと言うわけか。
すると、女の子はお泊り鞄から平たい箱を出した。
「あの…… これ…… つまらないものですけど」
この手のお菓子を渡す時の常套句か。大抵は高級菓子であるために、つまらないものを貰った経験はほぼ無い。今回もその例に漏れずに天童赤鷹の高級菓子だった。
「天童赤鷹さんの桜餅とはいいものを頂いて…… 晩飯後のおやつとして皆で食べましょう」
天童赤鷹の桜餅は極めて評判がいい。春のみの季節限定品で、数時間並ばないと買えない人気商品だ。ひな祭りの直前に販売を開始し、誰が言い出したかは知らないし分からないが、春の出発の門出を祝う縁起物になってているために入学式や卒業式、入社式、引っ越しの送りものとして選ばれることが多い。
「今食べようよ」
いまから食べたら晩飯入らなくなるよ。あたしはこう思いつつもテーブルの上に桜餅を広げた。
あたし達は桜餅に舌鼓を打つ。あたしの住んでいる県は比較的関西に寄っているせいか、桜餅の形は桜色の餅米を餡団子を包むタイプの桜餅となっている。
道明寺。関西の桜餅の形、餡団子の周りを餅米で包んだ形。皮に使っている粉は単なる餅米ではなく、餅米を干して粗めに挽いた道明寺粉を使っている。
長命寺。関東の桜餅の形、餡団子を袱紗状にした餅米で巻いた形。ただし、こちらの皮に使っている粉にこだわりはなく、白玉粉や上新粉などの捏ねて餅状にできれば何でもいいとされている。
弟はガツガツと桜餅を食べる。葉っぱごとバリバリと音を立てながら食べるのは少し見苦しいがいつものことなので注意しない。
同級生の女の子の前なのにこんな食べ方をするところ、本当に馬鹿なのか大胆なのか…… 恥ずかしくないのかな。
女の子が桜餅を口に入れようとする、すると、弟は疾風のような動きで手を動かし、彼女から桜餅を掠め取り、自分の口に入れた。これは流石にあたしの目に余る。
「コラ！」
「また取った～」と、女の子がうんざりしたような声で叫んだ。
え？ また？ あたしが見る限りでは一度目なんだけど……
「お姉さん、ゆーちゃん、あたしの給食のプリンとかヨーグルト取るんですよ」
これ、本気で殴り合いになってもおかしくないよ……、学校給食においてプリンやヨーグルトは絶対に触れちゃならない聖域よ、それを平然と侵す弟は何と罪深い……
まさかこれも好きな子に対する嫌がらせ…… もしかしてこの子が弟の好きな子か？
「ゆーくん、あたしにいつもいじわるするんですよ」
ごめんなさい。本当にごめんなさい。あたしはその場で地に擦り付けるような土下座をして弟の意地悪を侘びたい気持ちになった。
「ちょっとあんた！ どうしてこんなことするの！」
年末にやめろと言ったのにこの三月まで続けていたのか。あたしは心の中で悲しさのあまり泣きぬれていた。
すると、女の子が穏やかな口調で言い出した。
「でも、あたしのことが好きだからやってるって分かってるからいいんです」
何この達観して悟りを拓いた系の女子。この子に比べたらあたしネンネみたいなものじゃない。
すると、弟はすかさずに反論する。
「何いってんだこのハゲ！ お前なんて嫌いだよ！」
「でも、あたしが本当に嫌なことはしないじゃない」
この子、本当に小学校二年生かな？ あれだけのことをされて「本当に嫌じゃない」って。
あなたの器の広さ、人に好かれるタイプだと思うよ。それともいじわるしてくるダメンズが好きなだけなのか。
「素直にあたしのこと好きって言えばいいのにいじわるするのどうして？」
それ多分、意地悪でしかアプローチ出来ない弟の不器用さだと思うよ……
それから二人の言い争いが始まった。心なしか弟の顔は笑顔に見える。
そうか…… 一緒にいるだけで楽しい女を見つけちゃったか……
お姉ちゃんとしては少しさみしいかな……
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