10 エピローグ、太陽の中心で交わしたキスは甘くて苦い

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友もいなく、厳しい日々。フランスに来たのだから休みの日はルーブル美術館を一日かけて回ったり、モンマルトルの丘を駆け上がったり、ブローニュの森を散策し、中にある動物園でもふもふするなんて気にはなれない。 外に行って遊びに行くぐらいならずっとベッドに寝て少しでも体を休めたいと考えるようになっていた。 そして、今日はその休日。俺はいつものクセで早く起きてしまった為に、早朝のまだイルミネーションが消えずに太陽の様相を残すパリの街を出窓から眺めていた。太陽のように美しいパリの夜景(早朝景?)観光でお客様としての留学で来ていたときはこれを見ているだけで疲れが取れるぐらいに癒やされていたのだが、今ではそれも出来ない。 まだ三ヶ月で甘えに聞こえるかも知れないが、パリでの留学生活は辛いものがあった。 そんな中での生活の楽しみは部屋の中で過去を回顧することになっていた。簡単に言えば、「昔はよかった」だ。 ちやほやされていた天童赤鷹での生活も勿論だが、最近、特に考えるのは好きだった女の子のことだ。 そう、一年前、俺がかつて通っていた日本の高校の入学式で一目惚れしたあの女の子のことだ。俺のいる天童赤鷹はオバちゃん従業員が多い、物心ついたころから和菓子の修行をしていた為に同世代の女の子の付き合いはほぼないに等しい、だからオバちゃんとの接し方(正しいか間違ってるかは分からない、多分、オバちゃん故のおおらかさで許されているところあるんだろうな、俺)は知っているが、同世代の若い女の子との接し方は全く以て分からない。 だからこそ、高校に入ってから俺は女子とほぼ話すことはなかった。女子と話す時は何を話せばいいのかが分からない。女子との接点はほぼなかったが、男子の友達は割と多く出来たので問題は無かった。 だが、一目惚れした女の子と話すことが出来ないのは寂しいと考えるようになっていた。 一目惚れしたあの女の子には色々と酷いことを言ってしまったと今更ながらに後悔している。その女の子はお菓子作りが趣味で、調理実習で作ったお菓子を男子に振る舞っていた。 その女の子は自分が作ったお菓子の評価を気にしているようだった。友人は皆、そのお菓子を美味しい美味しいと評価する。 俺だってまずくはないので評価する、だがそれだとそれだけの話、美味しいと言うだけで「そうなんだ、ありがとう」と笑顔で言われるだけでここから長く話をするには至らない。 そこで俺の「女の子との接し方が分からない病」が発症してしまう。
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