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「あたし、どうしてあんたに対してムキになってたか、あなたがいなくなってからずっと考えてた」
あれ? 俺のこと考えてくれてたんだ。うれしい。
「普通ならチョコレートケーキを不味いって言われた時点でもうあんたと関わらないようにする」
それが普通だよな。逆の立場なら俺は俺に関わりたくねぇ。
「でも一年間、一度挫折したこともあったけど、結局はお菓子を食べさせた。多分、無意識にアンタに惹かれてたんだと思う」
まさかまさかの両思いに近づいてた?
「アンタがフランスに行ってからあたし、糸の切れた人形みたいだった、やっぱり人間は目標がなきゃ駄目ね」
俺に「美味しい」と言わせようとして、心が俺に寄ってたのか……
「色んなキツイことも言われたけど、そのおかげであたし成長できた。それは感謝してる。ありがとう」
どういたしまして…… って言っていいのだろうか。
「空港で別れる前に言っておくべきだった言葉を今言います。あたし、あなたのことが好きになってました」
これまでの人生で一番嬉しい言葉だった。それに対する返答は決まっている……
チョコレートケーキを食べて甘ったるい口だけど、今だけはカッコつけさせてくれ!
「馬鹿野郎! 俺は入学式でお前を見た時からずっと好きだったよ!」
俺はケーキボックスをぽいと投げ捨て(後で拾うから今だけは許して!)一歩を踏み出し花緒莉をぎゅっと抱きしめた。自分で作ったお菓子を食べてて隠れぽっちゃりのイメージがあったが、キチンと食べているのか心配になるぐらいに華奢で細い。
花緒莉の方も驚きはしたが、お互いの気持ちが同じだったことを知り、
目を閉じてこちらに顔を向けた。
そういうことか…… やることは決まっている。
俺は花緒莉の柔かい唇にキスをした。
初めてのキスの味は甘くて苦いチョコレートケーキの味がした。俺がキスの直前までチョコレートケーキを食べていたんだから当たり前だ。
暫く口づけを交わした後、花緒莉はゆっくりと唇を離し、俺に尋ねた。
「そう言えば、味聞いてなかったよね?」
「何? キスの味?」
「馬鹿! ケーキの味に決まってるでしょ!」
「あ、ああ…… 甘くて、苦くて、美味しかったよ」
「ふーん、それじゃあさぁ? 紘汰が初めてあたしのチョコレートケーキを食べたときに言った言葉覚えてる?」
俺は考えたが、忘れていた。
すまない。てか、いきなり名前呼びかよ! 凄え嬉しいからいいけど。
「お前の作るチョコレートケーキは現実みたいに苦いって」
ああ、そんなこと言ったような言ってないような。
「あたしの現実は、たった今、甘くて苦くて美味しくなりました」
そう言って花緒莉はにっこりと微笑んだ。俺の今の現実はカカオ99%のチョコみたいな苦さだ。だけど、こうして好きな人の気持ちを知って励みが出来たことで、頑張ろうと思える気持ちになった。頑張れば現実はミルクチョコレートみたいに甘くなるはずだ。
俺はそう信じてる。
「俺、このフランスで修行終えて一流のパティシエになったら花緒莉を迎えに行くよ」
花緒莉は訝しげな顔を見せた。
「本当にぃ? パリには魅力的な巴里娘がいっぱいいるよ、その娘
らに浮気しない?」
「しねーよ! だから花緒莉も他の男に浮気すんなよ。まぁ浮気されても取り返してやるけどな」
「あたし、頭は軽いけど、尻は軽くないから」
「それを聞いて安心したよ」
「あたし、あなただけのパティシエになれるかな? この一年間頑張ってきたのもそうなりたいって無自覚に頭の中にあったんだと思う」
もう、花緒莉は俺だけのパティシエだよ。
俺はそう思いながら、コクリと肯定の意味で頷いた後に花緒莉に再びキスをした。
おわり
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