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「美味しいよ。スーパーとかで売ってる柏餅こんな感じだよ」
「じゃ、この味よぉ~く覚えておいて? 特にお餅の柔らかさ」
あたしは再び柏餅を蒸し器の中に入れた。それから10分後、再び出した。
「さっきのお餅の柔らかさと比べてどうかな?」
あたしはリエがどう答えるか分かりきっていた。だが、あえて聞いてみた。
リエは柏餅を口に入れた、一噛みした瞬間に表情が一変した。あたしはその表情の一変をみて成功を確信した。
「さっきより柔らかいよ! お餅なのに歯にサクって通るよ!」
あたしはドヤ顔でうんうんと頷いた。あたしは「お店」では二度蒸しはしないのかと疑問に思った。
二度蒸し。一度蒸したものを再度蒸すこと。蒸した生地は中の水分によって柔らかさを生み出す。ところが、時間経過により水分が抜け生地は固くなる。それを防止するために再度蒸して水分を継ぎ足しすることで柔らかさの維持、及び、より柔らかくするために再度蒸すことを言う。
「まぁ、スーパーは早めの流通勝負だもんね。二度も蒸してられないか」
「じゃ、柏の葉っぱ巻くね」
あたし達は黙々と柏葉を餅に巻いた。調理台の上に柏餅が並べられて行く。さながら端午の節句の食品コーナーと言ったところだろうか。
その時、調理実習室の扉が開いた。あたしは全身の血の毛が引いて冷たくなるのを感じた。
「よぉ」
現れたのは陸上のユニフォーム姿の天童紘汰だった。あたしはどうしてこんなところにいるのよと言いたげに彼を睨みつけた。
「どうしてこんなとこにいるのよ」
やば、目どころか口に出してしまった。天童紘汰の横にいた男が前に出る。この前も一緒にいた男だ。友人なのだろう。
「白鳥さん! こいつは気にしないで!」
「気にするわよ」
「白鳥さん、ホントごめんね…… うちの施設の為にこんなことしてもらって」
あたしはこの男のことを思い出した。
この男は隣のクラスの梟首一郎(きょうしゅ いちろう)奨学金でうちの高校に通っている子だ。親を早くに亡くし、こばと園に入所。その後の苦労は平々凡々と育ってきたあたしには到底想像出来ない。施設の子供たちの中では最年長で子供たちの世話役をしつつ、奨学金から除外されない成績を維持しているらしい。
だから何だと言うわけでは無いが…… 陸上部に所属しているのは生来足が速いことと、走るのが好きだかららしい、この生活の中での息抜きなのだろう。
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