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「あたしがお菓子作りが好きで引き受けたことだから気にしないで。それより、当日の5月5日に届けるものの試作品みたいなの作ったんだけど…… 食べてくれるかな?」
あたしは梟首一郎に調理台の上に乗っていた柏餅を差し出した。
「あれ? 俺には無いの?」
天童紘汰が割り込んだ。私は軽く彼を睨みつけた。
「どうせこの前みたいに不味いって言うんでしょ?」
あたしは舌打ち気味の荒い口調で言った。そして一拍置いて更に続けた。
「天童くんみたいな老舗和菓子屋様の優れたベロには合わないでしょうし」
今度は先程と違った丁寧ながらも嫌味な口調で言ってやった。これで少しは心を痛めやがれこの馬鹿ボンボンめが!
「市販品のあんこ使ってるようじゃ駄目だぜ。二度蒸しで柔らかくしてもあんこの甘さがワンパターンじゃ駄目だぜ」
こいつ、見ただけで二度蒸ししていることがわかるのか。流石は老舗和菓子屋の御曹司といったところか。次からは馬鹿ボンボンから馬鹿を外すことを検討しよう。
梟首一郎はあたしがこんなことを考えているうちに柏餅を完食していた。唇に付いたあんこをぺろりと舌で回収するように嘗めたあとに口を開いた。
「うん、美味しいよ。去年までの家庭科の先生が作るやつより美味しい」
それごらんそれごらん。あたしが作るお菓子は美味しいんだ。天童紘汰みたいな上等を通り越したやつの舌を満足させる必要なんかない。でも、満足させたいと誓った自分が悔しい。
「でも……」
梟首一郎は急に浮かないような顔をした。なにか不満があるのだろうかと、あたしは不安になった。
「僕は好きなんだけど…… うちの子供たち? 特に未就学の子とか、あんこ嫌いな子が多くてさぁ」
「ああ、子供のあんこ嫌いって話聞いたことある」
天童紘汰が話に割り込む。
「人によるんだからそれはそれでいいんじゃないか?」
それを言ったら身も蓋もないから黙ってくれる? あたしは天童紘汰を軽く睨みつけた。
流石に空気を読んだのか済まなそうな顔をしながら少し後ろ歩きで少しだけ引いた。
「毎年、この学校の先生が作って持って来てくれるんだけど…… あんこ嫌いの子が多くてね…… 年長者に回ってきちゃうんだ」
「じゃ、ちまきとかに変える?」
「いや、ちまきは施設のおじさんが作る。うちの施設の裏庭竹林だから」
上新粉に砂糖を混ぜて蒸らして形を整え笹を巻くだけのシンプルなおやつだから作るのは楽か。それを言ったら形変えてあんこを入れるだけの柏餅も似たようなものか。
「ケーキとか食べさせて上げたいんだけどね…… 近所のケーキ屋に行ったらやっぱりいい値段するんだよね」
鯉のぼりの形のケーキや兜の形をしたケーキの広告が入るような時期になってきたなぁ。
値段を見れば一人分なのにやっぱりいい値段。お金がないとされている児童養護施設には少し厳しいか。
「そっかぁ……」
あたしは浮かない顔をした。
「い、いや…… 柏餅を否定するわけじゃないんだけど…… 毎年毎年作ってくれる先生のこと考えると言い出し辛くて」
あたしに対してなら言えるこの心理を知りたい。おばちゃんに厳しいことを言うよりは同級生に厳しいことを言った方がまだ精神的にも楽かと梟首一郎を理解することにした。
しかし、折角お菓子を作っても施設の子供たちが喜んでくれないのかと思うと、
あたしの心は複雑になるのだった。
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