2 柏餅を食べよう! 天駆けゆく子らよ

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帰宅後、今度は弟のこどもの日パーティーを行うことになった。弟は今日はプロ野球を観戦()に行っていて、もてなしをされていたそうだが、それはそれだ。うちで出来ることをやらないと。 「じゃ、鎧着ようか」 「嫌だよぉ…… 恥ずかしいよぉ……」 うちの五月人形の大鎧は名前そのままに大きい。父親が大奮発したのか十歳ぐらいまで装着可能なものを買ってきたのだ。当たり前だが小学校二年生の弟に着せた所でブカブカ。 幼稚園の時にこの鎧を着せた時には兜に顔だけ浮かぶ和風RPGのモンスターみたいになってしまった。小学校二年生の今なら多少ブカブカであるものの、着て歩くことは出来る。 あたしは弟にほぼ無理矢理鎧を着せて写真撮影をした。弟は兜の中で赤面し、必死にカメラから目を背ける。幼稚園の時はノリノリだったのにどうしてこうなった。 なぜこんなことをするかと言うと、単純に父親から頼まれているだけ。成長記録として残しておきたいと言う親の願望を叶えているのだ。 あたしの場合はお姫様の着物((あこめ)だったかしら?)を着せられての撮影を小学校を卒業するまでしていた記憶が残っている、雛人形も「嫁に行って欲しくない、いつまでもお父さんの側にいておくれ」と言う願いからか4月ぐらいまで置かれていたなぁ…… 昔ならば「いつまでもお父さんの側にいるー」とか「お父さんのお嫁さんになるー」とか笑い話で済んでいたのだが、この晩婚化の今となっては洒落にならないことをしていたのだなと今にして苦笑いを覚える。 大鎧というものは熱が籠もるのか、写真撮影を終えた弟は汗まみれになっていた。弟はその場で服をぽいぽいと脱ぎ、丸裸で風呂場に駆けていく。 あたしは一仕事終えたことでリビングのソファーに腰を下ろした。すると、ソファーに日本刀のように立てかけられた菖蒲の葉があることに気がついた。 菖蒲湯。菖蒲の葉や根を入れた風呂。邪気を払い、夏バテをしないために5月5日に入るとされている。また、風呂の中で菖蒲の葉を鉢巻きにするとその効果は倍増すると言われている。 あたしは菖蒲の葉を持って風呂の戸を開けた。あたしの存在に気がついた弟は湯に口を付けてぶくぶくとしながら睨みつける。 「菖蒲の葉っぱ、今日端午の節句だもんね」 あたしは菖蒲の葉をぽいと湯船に投げた。弟は湯船から顔を出してあたしに怒鳴りつける。 「わ、分かったからさっさと出てけよぉ! 恥ずかしい!」 さっき丸裸であたしの前を歩いていたのに何を言っているのだろうか。リビングや廊下で普通に丸裸で歩いているくせに風呂だと恥ずかしいとは全く以て意味が分からない。 「じゃ、お姉ちゃんも一緒に入ろっかなー? お姉ちゃんも菖蒲湯の御利益にあやかりたいし」 その瞬間、弟が赤面する。つい最近まで一緒に入っていて体の隅々まで洗っていたのに何を恥ずかしがることがあるのかなー? と、あたしが思うと弟は湖面に浮かべていたアヒルの人形を投げつけてきた。あたしは紙一重でそれを避けた。 「うざい! 失せろ!」 あたしははいはいと言った感じで風呂の戸を閉めた。閉めた瞬間にあることを思い出したので再び戸を開ける。弟は体を洗おうとしていたのか湯船から立ち上がる途中だった。 「そうそう、菖蒲の葉っぱは鉢巻きにするんだよー」 弟は慌てて湯船に飛び込む、そして、雨に打たれた子犬のような表情を浮かべあたしを睨みつけた。 「勝手に風呂入ってくんなよぉ……」 「ふぇいふぇい」 あたしは風呂場を後にした。こうして弟をからかうのも楽しかったりする。
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