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「やっぱりただの穴子だな」
天童紘汰はこう言いながら、タブレットでうなぎを注文した。うなぎはすぐにやってきた。
「ちょっと悪戯してみようか」
天童紘汰はうなぎに穴子のタレを塗りたくった。
「これで気がついたら本物の穴子好き、気が付かなければタレが好きなだけ。どっちかな」
何という趣味の悪い遊びだ。しかし、あたしも弟がどうしてあそこまで穴子を好きなのかを考えたことがなかった。
弟が戻ってきた。すり替えられたうなぎに気がつくだろうか? あたしと天童紘汰はじっと見守る。
うなぎと穴子の違い。うなぎは海で産卵し、川などの淡水域で成長する回遊魚。穴子は一生を海で過ごす海水魚である。
味はうなぎは脂質が高く油っぽくこってりとした味である。穴子はうなぎの二分の一程の脂質でさっぱりとした味である。
弟は黙々と穴子を食べ続ける、そしてついにうなぎを食べるに至った。弟の表情は一切変わらない。まさかこいつ、気がついてないのか? 明らかに脂分が違うのに気が付かないなんてことがあっていいわけがない。
天童紘汰は弟に優しく尋ねた。
「本当に穴子好きだねぇ、どこが好きなのかな?」
弟は刹那で即答した。
「甘いところー」
あたしは笑いを堪えた、天童紘汰も顔を背けて笑いを堪えている。おそらくは二人共同じ答えに辿り着いたことでの笑いだろう。
「「こいつ、タレが好きなだけだ」」
実に情けない、ぶっちゃけた話、穴子のタレがついていればネタは何でも…… いや、最悪シャリの上にタレを塗るだけでもいいんじゃないのかこいつ…… あたしは弟の舌に疑問を感じた。
しかし、土用の丑の日のうなぎだって、うなぎの味と言うよりはタレの味を美味しいと言っている奴が多いと聞く、世の中にまともな舌を持つ人と言うのは存外少ないのもかもしれない。
全く…… 今度の土用の丑の日はうなぎ無しのタレだけにしてもらおうかと母に相談しようかと本気で考えてしまった。
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