4 回転寿司でお菓子を食す

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あたしがそんな事を考えているうちにスイーツの皿が続々と運ばれてくる。 「ドラ焼き?」 運ばれてきたのはドラ焼きの皿ばかりだった。 「皮から中身まで全部うちの監修」 天童紘汰はドラ焼きの中身をペリペリと捲った。最近のドラ焼きはあんこに限らず、バリエーションのある中身をしている。チョコレート、クリーム、プリン、キャラメル…… このつばめ寿司ではあんこよりも洋風の甘味食材の方が多かった。 「駄目だな」 天童紘汰はドラ焼きを一口食べた瞬間にこう吐き捨て、機嫌の悪そうな顔をしながらスマートフォンで何やらカチカチと打ち込み始めた。あたしは疑問に思いドラ焼きを一個摘む。 「どこが駄目なの? まさか洋風は邪道なんて言うんじゃないでしょうね?」 あたしは5月の柏餅のことを思い出していた。まさかこのつばめ寿司が勝手にどら焼きの中身を洋風にしたのではないだろうか。子供受けの為に勝手に監修外のことをやるのは許されたことじゃない。 「違うよ。中身も全部うちの監修だって言っただろうが。それに今どきはドラ焼きもあんこだけじゃやっていけねぇよ」 「ならこれのどこが駄目なのよ、どれも美味しそうじゃない」 「なら食ってみろよ。これ、食べていいぞ」 あたしは天童紘汰より差し出されたプリンドラ焼きを口に入れた。皮の控えめで渋みのある甘さと、プリンそのものの甘さと、カラメルソースの甘さと、添えて乗せられたチェリーの酸味がよく合う。むしろあたしも参考にしたいと思うぐらいの味だ。これのどこが不満なのだろうか。 「わかんない?」 こちとらはあんたのように良いもの食べてる舌じゃないんだから分かる訳が無いでしょ。 土用の丑の日に蒔絵の重箱に入った数万円するようなうなぎ食べてるような舌とスーパーの数千円のうなぎをおいしいおいしいと満足して食べるようなあたしの舌をあんたの舌と一緒にしないでほしい。 「じゃ、ヒント」 「寿司屋でスイーツクイズなんかする筋合いない」 あたしはこんなクイズなんかに付き合ってられないと突き放すが、天童紘汰は構わずにヒントを言い出した。 「皮の味」 あたしはドラ焼きの皮だけを口に入れて舌の上で転がした。他の甘さを邪魔しない控えめだけど渋い甘さを美味しく感じた。だが、軽い違和感を覚えた。 「ドラ焼きって…… もっと皮甘いよね? それに渋みが…… どう言えばいいのかな? コクがあるって言うのかな? 甘いんだけどあんこや栗の甘さと共存してるのがドラ焼きの皮って感じ。この皮はそれとは違うの」 「そうそう、蜂蜜の味がしないんだよ」 ドラ焼きの皮の作り方。工程としてはカステラと類似している。皮に甘さを与えるために「蜂蜜」を混ぜ合わせることが多い。 「確かに言われてみると蜂蜜の味しないねぇ…… 似てるんだけど…… もしかしてメープルシロップ?」 「さすがお菓子作り趣味にしてるだけあって気がつくか」 蜂蜜とメープルシロップの違い。当たり前だが、外見も味も似ているが別物である。 蜂蜜。花の蜜を蜂が巣に運び、蜂が体内で葡萄糖などに分解して出来るもの。 深い甘みでコクがある。 メープルシロップ。北米産のサトウカエデの木の樹液を煮詰めたもの。 控えめな甘さで渋みがある。 「甘さは違うけどぶっちゃけどっちでもいいんじゃない? あたしもホットケーキ作るときどっちでも気にせずかけるし」 「いや、うちの店が監修したドラ焼きを出してるんだから違う味を出されたら困るだろ」 「まぁ…… ねぇ……」 「大半のお客さんは気づかないけど、うちの常連さんとか来たら即気づくぜ…… 親父に報告しとかないと」 「しっかりしてんのねぇ」 「うちの店、平安時代からずっとドラ焼きの皮はこの味だからな…… その味を嫁に出すような気持ちで他所様に出したら味が変わってたなんてご先祖様に申し訳が立たねぇ」 先祖まで絡めたお菓子作りに対する情熱を語る天童紘汰の姿にあたしはキュンとしてしまった。あたしのお菓子を不味いと言い放った敵のはずなのにどうしてこんな気持ちになるんだろうか。
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