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弟があたしの袖をくいくいと引っ張ってきた。
「お腹ふくれたー 帰ろー」
弟の前には皿の巨塔が二つにその半分の大きさのもの一つが置かれていた。
皿の巨塔一つで十皿、それが二つに、その半分の大きさで五皿、つまり穴子(一皿だけうなぎ)で二十五皿を完食。小学校二年生の子どもが食べる量を遥かに凌駕していた。
あたしはと言うと八皿で十分だった。それにドラ焼きがトドメを刺して十分に腹は膨れた。
「じゃ、あたしら帰るね。お勘定どうしようか…… 皿数えて会計別々にするね」
「待て、俺がこの席誘ったんだし全部出すよ」
「いやいや、そういう訳には」
「遠慮するなって」
「あんたに貸しは作りたくないの!」
あたしは仏頂面でタブレットの会計呼び出しボタンを押した。それと同時にあたしはハッとした。
「あんたはもういいの? あたし、勝手におあいそしちゃったけど」
「ああ、丁度良かった。スイーツメニューコンプしたからな」
卓上に乗るおびただしい数の皿は全てスイーツの皿だった。あたし達が食べた皿の巨塔もスイーツの皿の群体の前では借りてきた猫のようにシュンとしているように感じられた。
スイーツメニュー全部コンプリートしたのか…… 和菓子屋の御曹司じゃなかったらフードファイターになったらどうでしょうか? と、心の中で天童紘汰に推薦した。
会計を終えて店の外に出る。辺りはすっかり夜も更けていた、
7月の中旬と言うこともあってか、耳をすませば飛蝗系統の虫の泣き声が聞こえる。雄が雌を求める蝉の大演奏会の開始までもうすぐか…… 遺伝情報の伝達と言う生物の究極の目的の為に必死なのは分かるけど…… あの油を揚げるような泣き声を聞くだけで暑く感じるし、何より夏休み中の家でゴロゴロしてる時の安眠妨害だ。
もう少し静かにならないだろうか……
あたし達は家に向かって歩き始めた。すると、店舗前の自転車置場でチェーンロックを外す天童紘汰に遭遇した。その自転車、ロードレーサーと呼ばれるスポーツサイクルの様相をしていた。高級いんだろうな、きっと。
「あれ? あんた…… チャリで来てたの?」
「そうだけど、チャリで来てて悪いか?」
「いや、悪くないけど…… あんたみたいな金持ちなら黒塗りの高級車とかで送り迎えされてるかなって」
「お前さぁ、金持ちに対して偏見持ち過ぎだぞ」
すいませんねぇ、僻み根性丸出しの庶民で。別にあいつがヘリコプターで寿司屋に来ようと、将軍が乗るような漆塗りの駕籠かきで寿司屋に来ようと、どうでもいいこと。
あたしはさっさと帰ることにした。
「お前ら、歩き?」
あたし達が天童紘汰に踵を返した瞬間に問いかけてきた。歩いて行ける範囲内だから歩いて来ただけですが何か?
「女子供だけで夜道歩くのは危険だぞ」
「ご生憎様、うちまで街灯途切れない安全道路なんで」
「でも、人通りは少ないだろ?」
「そりゃ、そうだけど……」
「な? 送らせてくれよ」
「いいえ、あたしにはスッゴク頼りになる騎士がいるから」
その騎士は流石に食べ過ぎたのか腹を擦って眠そうな顔をしていた。
「ちんまい騎士だなぁ」
天童紘汰は冷笑を浮かべていた。「フッ」と吹き出すような失笑と言った方が良いかも知れない。そのすましたニヤケ面に拳を叩き込んでやりたくなった。
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