1 くらえ! あたしのチョコレートケーキ!

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あたしはパレットナイフを構えナッペの準備を始めた。正直な話、ケーキ作りはここが一番緊張する。ナッペの腕前を上げるために登校中に壁塗りをやっている左官屋さんに弟子入りしようと本気で志願したが「ケーキと壁を一緒にすんなァ!」と、怒鳴られてしまった。本当に昔ながらの左官職人からすれば「ナメている」と思われたのかもしれない。 ナッペ。クリームなどを菓子にかけること。スポンジケーキにクリームを満遍なく塗る意味の用語。 あたしはケーキを回転台の上に乗せた。四段重ねにしているせいか、段と段の間からガナッシュがだらぁりとはみ出ている。はみ出たガナッシュにパレットナイフをあてて数回回転させると、ケーキの側面は茶色い生地が見え隠れするガナッシュの壁となった。 これで段と段同士の隙間は埋まった。 次にガナッシュを塗るのは上面、ここは慎重かつ大胆に盛大にべたぁりとガナッシュを乗せる。さらにその上にパレットナイフを滑らせて水平に整える、水平に塗るとガナッシュが垂れてくる、その垂れたガナッシュを側面に足して完璧に生地部分が見えないようにする、垂れた分で足りなければ更にガナッシュを足す。 側面にパレットナイフを垂直に立てるようにあてて回転台をろくろのようにゆっくりと回す。すると、左官職人がやるような壁がケーキの側面に生まれる。 後は上をならしてナッペは終わり! 最後はココアパウダーを振りかけて冷蔵庫でしばらく冷やせば完成!  あたしが冷蔵庫にチョコレートケーキを入れた瞬間、調理実習室の扉が開いた。 「ねぇ? あたし何か手伝おうかー?」 そう言うのはあたしの親友で同じクラスの蒼井リエ(あおい りえ)。あたしとは十年来の付き合いで幼稚園、小学校、中学、高校と一緒。傍目から見ればあたしに付いてくる金魚のフンとか靴の裏に貼り付くガムみたいなことを言うやつがいるが、あたしはそんなことは気にしない、確かにリエの方が一方的に付いてくる関係だけど、あたしはそれを迷惑に思わないし、むしろ辛い時に一緒にいてくれる大好きな親友だ。 言いたいやつには勝手に言わせておけばいい。 「ごめん、もう終わっちゃった」 「ほんと、花緒莉はお菓子作りテキパキやるよね……」 あたしの名前は白鳥花緒莉(しらとり かおり)。どこぞの華族や財閥のお嬢様っぽい名前だが、至って普通の庶民の家の生まれで、お菓子作りが趣味の普通の16歳の女の子。 自分で言うのも何だが、人当たりがよく嫌われない性格らしく、クラスの女子との仲は良好。名前のことで「名前負けしてるね」とからかってくる()もいるけど、そこは笑って流している、ここで下手に言い争いになっても損だ。 ちょっと、個性的な面があるとしたら…… 負けず嫌いだ。 あたしが普段ならとっくに家に帰ってのんびりしているところを居残りしてまでチョコレートケーキを作っているのは「不味い」と言ったあいつにリベンジするためだ。 
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