5 君がいた夏祭り

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そして、花火大会当日を迎えた。あたしはその日の夕方、和室の姿見の前であれでもないこれでもないと浴衣をいくつも脱ぎ散らかし、どれを着て出ていこうか迷っていた。 青を基調にした朝顔の柄にしようか、白を基調にした真っ赤な牡丹の柄にしようか、大輪の向日葵の柄は目立ちすぎるだろうか、去年は桃色の青海波文の柄にしてみたところ「Wi-Fiみたい」と、リエにからかわれたもので今年は真っ先に選択肢から外した。 結局、紺を基調にした桃の花の柄にすることにした。夜の闇に輝く桃の花と言った感じのコーディネートだ。帯もそのコーディネートを殺さないように桃の花よりもまだまだ薄いいちご牛乳に真白い牛乳を継ぎ足ししたような薄い桃色のものを選んだ。 あたしは姿見の前でくるりと回転し、自らの可愛さにうっとりしながらガッツポーズを取った。 さてさて、次は浴衣に合う髪型だ。本来ならば美容院でやってもらうべきなのだろうけど、今日は同じことを考えているティーンが殺到している、下手に美容院に行こうものなら、髪型が整った時点でお祭り終了なんてことになりかねない。 あたしは一人で髪を整えることにした。こんなこともあろうかと、行きつけの美容院から一人でも出来る髪の整え方は聞いている。 まず、髪を一つに結ぶ。姿見の前に置かれたラメの入った輪ゴムでギュッと結ぶ。 その輪ゴムを結んだ位置から少しだけ下げる、くいっくいっって二回回して下げる程度。 元々ゴムがあった位置に親指をぐいっと入れて穴を開けて、その穴に垂れ下がった髪を突っ込んで、通す。これを繰り返してお団子状に纏まったところで、姿見の前に置いてあった桃の花の造花のコサージュをつけて固定。お団子状に纏める前に三編みにして纏めた方が見てくれもしっかりしているけど、今回は面倒くさいからいいや。 はい、出来上がり。 うなじを撫でると同時に弟が和室に突入してきた。弟の浴衣は青を基調とした渦巻き柄だ。 親は何を考えてこの馬鹿ボンボンスタイルの浴衣にしたのだろうか…… その右手には真白な帯を持っており、屋台の食べ物を出来るだけ多く食べるために朝昼と控えめにしたせいかぺっこりと凹んだ腹が上に羽織っただけの浴衣の間から見える。 暑いのは分かるけどシャツぐらい着たらどうかしら? 中に何も着ないのは昔の人スタイルでいいとは思うけど。 「おねーちゃん、帯結んで」 仕方のない弟だ。あたしは姿見の前に弟を立たせた。そして、弟が握っていた帯を手にとった。素材は極めて柔らかい、子供用の兵児帯ならばすぐに終わる。全く、ニ回巻いてちょうちょ結びにするだけなんだから一人でやりなさいよ…… いつまでも甘えん坊なんだから…… 兵児帯(へごおび)。男性用の和服の帯の一種、元々は勇壮なる薩摩隼人が締めていた帯のことをいう。現代では素材の柔らかさで圧迫感もなく、結び目があまりきつくないことから子供用の帯の名称として知られている。
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