5 君がいた夏祭り

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かき氷の屋台から歩くこと数分。あたしは極彩色の袋が大量にぶら下げられた屋台を見つけた。綿菓子だ。今の綿菓子は白一色ではなく、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫、何でもござれ、それらすべてを纏めたレインボー綿菓子なんてものもある。 「あれもかき氷と同じで全部味同じなのかなぁ」 あたしは考えもなしについ口に出してしまった。天童紘汰はため息を混ぜながらこちらを見た。 「綿菓子はちゃんとしてるぞ。錯覚とかじゃなくてマジでちゃんと味付けしてるぞ」 「色で錯覚させてるんじゃないの?」 「全く…… 綿菓子はザラメ砂糖で作るだろ? そのザラメ砂糖に砕いた味付きの飴混ぜるんだよ、後は着色するんだ」 「え…… ちゃんと味してたんだ…… かき氷と同じで思い込みで味付けされてるって思ってた」 青天の霹靂。この短い人生の中でトップクラスの驚きだ。 「うち、飴も作ってるからな。その関係でカラーザラメも作ってるぜ。そのために飴作りの職人を他所様に師事させたんだぜ」 本当に多角的な和菓子屋ですこと。こうやって時流に合わせ、他所様の技術も積極的に取り入れていかないと生きていけない厳しい時代なのか…… 平安、鎌倉、室町、戦国、江戸、明治、大正、昭和、平成、令和を生き延びてきた和菓子屋はやっぱり一味違うと言わざるを得ない。 あたしは赤い綿菓子を購入した。赤なんだからイチゴか何かだろう。 「この中、赤い飴玉が砕かれて入ってるけど、十歳若返ることは無いから安心しろよ」 十歳若返ったら六歳じゃない…… 一体何年前の漫画の話をしてるのよ。 口に入れてふんわりと広がるのはイチゴの香り…… ではなく甘い梅の香りだった。 あたしはこの味に覚えがある。そう、もう二度と食べられないと思ったあの味だ。 「あれ? これステーキ屋で食後に貰える……」 「この前行った寿司屋の近くにある潰れたトコだろ? うち、あそこの食後にお客さんに上げる飴玉卸してたんだ」 またもや青天の霹靂。あのステーキ屋で一番美味しいと思っていた飴玉がまさか天童赤鷹産とは。もしかして…… 「ねぇ! この飴玉売ってるの? 売ってるなら大量買いする! 長靴いっぱい買いだめする!」 天童紘汰は困ったような顔をしてあたしの顔を見つめた。 「何だよ、いきなり目の色変えやがって…… ステーキで油臭い口の中をさっぱりさせる為の梅飴がそんなに美味しかったのか」 「美味しくなかったらそんなこと言わない!」 「あれそんなに好きだった? 確かにステーキの食後にタダで上げるものの割には手間かけてたからなぁ。確か紀州の紅梅の果肉使ってるからなぁ、一粒数百円はするぜ? その分ステーキ屋も結構いい値段で買ってくれるけどな」 「そういううんちくはいいから! 今どこに売ってるのか教えてよ!」 「売ってねぇよ。まぁ、県外のチェーン店には未だに卸してるけどな」 県外のチェーン店…… あたしの市にはもう存在しないと言うことか…… 肩を落とし落胆した。 「何だよ、この世が終わったような顔しやがって」 あたしは物欲しそうな子犬のような目で天童紘汰を見つめた。その瞬間、天童紘汰は驚いたような顔をした。 「どうにかなんない? あたし、県外まで態々ステーキ食べに行く用事なんてないのよ……」 「ステーキより飴が主役とは、ヒデェ奴だな」 「だって、美味しいんだもん」 「梅の酸っぱみ6割、甘さ4割だぜ? 逆だったら店頭販売するんだけどな。綿菓子用にしたら丁度良くなるとはこっちも予想外だけどな……」 「この酸っぱみが良いんじゃないのよ」 「お前一人の好みに合わせてもの売ってるわけじゃねぇんだよ。お前以外の奴が買ってくれる保証があるならいいんだけどな」 「ほんと、好きなんだけどな……」 あたしは久々の大好きな梅飴(の味)を堪能した。たこ焼きにかき氷に綿菓子、まだまだ腹は食べ物を要求している。
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