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射的場から出た瞬間、夏祭り会場全体にアナウンスが入る。
『皆様、おまたせ致しました。まもなく、花火の打ち上げでございます』
「やべ、もう花火の打ち上げか。さっさと行こうぜ」
天童紘汰は小走りになった、あたしもそれを追いかけようと小走りになった瞬間に右足に違和感を覚えた。そして、転んでしまった。
「のわっ」
何とも珍妙な声を上げながらあたしは倒れた。それに気がついた天童紘汰は慌ててあたしに駆け寄る。
「ドジだな」
少しはあたしを気遣いなさいよ。転んだ女の子を目の前にして「ドジ」呼ばわりとはどういう了見だ。
あたしは右足をみた。ぽっくり下駄の鼻緒が緩みに緩みきっていることに気がついた。家を出る前に覚えた違和感の正体はこれか。結び直しをするつもりがついつい忘れてしまった。あたしが「ドジ」なのは間違いない。
さっさと鼻緒を結び直さないと、あたしはその場で蹲りぽっくり下駄を脱いだ、その瞬間、背後に多くの人の気配を感じた。軽く首を動かして見ると、花火を見るための民族大移動が始まり、石畳を激しく叩く人の大津波警報が発令ししていた。
ヤバい。このままじゃ人の大津波に飲み込まれる。偉大なる預言者みたいに海を割る杖なんか持っちゃいない。端に避ければいいだけの話だが、ぽっくり下駄の鼻緒が緩んでろくに動けやしない。そうしているうちにも人の波はあたしに迫る。
その時、救いの手が下った。天童紘汰があたしをお姫様抱っこで持ち上げ、道の端に運んだのだ。
「ボーッとしてるんじゃねぇぞ」
「な、何よ…… 鼻緒が緩んで下駄としては使い物にならないんだから仕方ないでしょ」
「裸足で良いだろ。シンデレラは裸足で階段駆け下りたぞ」
「舗装された赤絨毯と、石ゴロゴロの神社の石畳を一緒にしないでよ。あたしの足の裏はあんたみたいに分厚くないんだからね」
「本当にああ言えばこう言う奴だな……」
「悪かったわね!」
天童紘汰はスマートフォンを出した。耳にやりつつも渋い顔を見せる、やはり通じないのだろうか。
「あいつらと合流は無理そうだ。あいつら回収もする気ねぇみたいだ」
あたしはその言葉を聞きながらぽっくり下駄の鼻緒の結び直しを行っていた。日の日中や、部屋の中の照明なら簡単に結べるものだったが、縁日の提灯照明のか細い光では手元がよく見えずに結び直しも難しい、あたしは蹲ったまま結び直しに苦戦していた。
「まだかよ、さっさと広場行こうぜ? 花火始まっちまうよ」
「仕方ないでしょ、鼻緒が緩いんだから……」
すると、天童紘汰はあたしの前に背中を向けてしゃがみこんだ。
「おんぶしてやるから、乗れよ」
「何でおんぶされなきゃいけないわけ?」
「お前一人でここに置いてくわけにも行かないだろ。さっさと乗れよ」
「嫌よ、恥ずかしい」
「これ以上お前のスットロさに付き合うのも限界だぞ」
「だったら先に行きなさいよ」
「女一人置いてくわけに行かないと今言ったばかりだろ? おんぶが恥ずかしいならお姫様抱っこで運ぶぞ? 俺としては毎日朝の仕込みもち米運んでるから肩の上に乗せたお米様抱っこで運ぶ方が楽なんだけどな」
おんぶ、恥ずかしいけど比較的マシ。無いことは無い。
お姫様抱っこ、ありえない。絶対にありえない。
お米様抱っこ、最早人をもつ手段ではない、拉致や誘拐にしか見えない。下手をすれば通報されて一夜を豚箱で過ごすことになる。ありえないを通り越して論外だ。
「じゃ、おんぶで」
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