5 君がいた夏祭り

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その時、花火大会開始のアナウンスが聞こえてきた。さっき「まもなく」と言っていたのに10分から20分近くは待たされたような気がする。随分と長い「まもなく」だったが、それはそれで助かった。 「お待たせ致しました! これより、花火の打ち上げ、始まります」 夜景が綺麗な町の眩い灯に遮られ、夜空の星はその輝きを人に見せない。 その真黒(まくら)い空に爆音と共に大輪の赤と黄色の花が咲く。 赤と黄色の花は祭り会場に来ていた者の心を魅了しながら夜空と皆の顔を照らす。 夜空に大輪の花が咲いては散り咲いては散りを繰り返すと風に流れてあたしの鼻に独特の匂いが入ってくる。鼻にツーンとくるあの匂い、硝煙臭でむせる。 「けほけほ」 あたしは咳き込んだ。 すると、天童紘汰が大きく天童赤鷹のロゴの入った団扇であたしの顔を扇いだ。ああ、生温い風だけど涼しく感じる。 「あんまり煙吸うなよ」 あ、やさしい。この馬鹿ボンボンにも人に対して使う気があったのか。 何十発も花火が上がったところで、一旦花火が止み、スポンサー紹介のアナウンスが入る。 『ただいまの花火は、老舗和菓子屋、天童赤鷹提供で行われました。続きましては……』 あたしはそれを聞いて驚いたような顔を見せた。 「あんたんとこが花火打ち上げたの?」 「ああ、たまには地域貢献しとかないとな」 お金持っていれば花火を打ち上げられるのか。スーパーマーケットで売っている3000円で数百本入ってる手持ち花火が瞬く間になくなるのを見て「もったいない」思うあたしらには想像もつかない世界。 その後も知ってる地元企業の提供の花火が上がる。数十万円だか数百万円だかの輝きが短く一瞬で消える。華やかで美しいけど、虚しい。まるで短い夏のようだ。 この夏休み、色々と遊んできたがどれもキラキラとして楽しい思い出、しかし、過ぎ去ってしまえばこれだけのこと。その思い出に値段は付けられない…… 『それでは、市提供によるスターマインにて宴も(たけなわ)、それでは最後にスターマイン500連発を以てお別れとさせて頂きます』 もう締めのスターマインか。時間にして一時間も無いぐらいの花火大会だったが、体感時間は10分もあるか無いかに思われた。 スターマイン。速射連発花火、いくつもの花火を短時間に連続で打ち上げる花火のこと。 数十発から数百発の花火を一度に打ち出し作る夜空に輝く花は儚くも美しい。 混合色のスターマインが打ち上げられる、夜空が極彩色に包まれ輝く、その輝きの中より四方八方に星が飛び散る、見ている者は星の直撃を受けるのでは無いかと恐怖に身を竦めるが、星の美しさからは目を離せない。 スターマインの攻勢はまだやまない。眼下に下りてくる星が知らぬ間に消えた後、金粉をばら撒いたようなスターマインが打ち上げられる、金色に輝く菊の花を思わせるスターマインが夜の闇に包まれながらも輝ける街を照らし上げる。金粉は空を吹く風に流されてその光が届く範囲を広く広げ、夜明けを前借りしたかのように明るくなった街はすぐに元の輝ける街へと戻る。 金冠(きんかむろ)花火玉が長い時間燃えて、丸く広がり地面にゆっくりと落ちて消える花火。 語源はその燃える姿がおかっぱ頭(髪型、冠)に見えることから。 スターマインが止まった。あたしも含め祭り客は「あれ? 終わったかな?」と、ほっと落ち着きを取り戻しながらもざわめき出す。 だが、スターマインはここからが本領発揮。皆がざわめく中、花火師はまってましたと言わんばかりに大量のスターマインを打ち上げた(この辺りはあたしの想像だけど) 色とりどり、極彩色の小さな菊の花を思わせる千輪菊が何発も放たれる、夜空に咲くは極彩色の菊の花、その菊の花に皆、一旦は戻した心を再び奪われる。 千輪もの。花火玉が上空で割れた時に、時間差を置いて中に詰めた小型の花火玉が一斉に花開く花火。複数の色の花火玉を使うことで千輪菊と言う呼称になる。 流石にこれで終わりだろう。あたしがそう思った瞬間、いくつかのスターマインが打ち上がる、大輪の花ではなく小さな花がいくつも夜空に輝いた、その小さな花はその大きさに似合わずに激しい光と音を放った。あたしは思わずその爆音と光に身を竦めて耳を塞いでしまった。 「流石の花雷だな」と、天童紘汰がつぶやくが、耳がぼわんぼわんとしているあたしにはよく聞き取れなかった。 花雷。光と共に火の粉を出す花火。激しい光と音で夜空を輝かせる花火の花形とも言える花火。 あたしは耳をぽんぽんと叩きながら夜空を見上げていた。夜空は花火が生み出した煙で曇り空となっていた。先程の金冠が風で流されているところ、夜空を流れる風は強いようで瞬く間に元の真黒な夜空へと戻る。 その刹那、花火の連続発射音が聞こえた。花火玉が上空で割れた瞬間に、金色に輝く蜂が狂ったように回転し踊り飛び回る花火が夜の闇を覆い隠し、夜中に夜明けを生み出した。黄金に輝く蜂達が街に光を与える、シュルシュルと珍妙不可思議に飛び回った蜂はその生命を終え、夜の闇へと返って行った。 あたしはただそれを呆然と観ることしか出来なかった……
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