6 頭に唐菓子の詰まったような女、莫迦梵梵たる男

5/10
前へ
/122ページ
次へ
翌日、朝一番の授業は調理実習だった。しかし、家庭科教師は急病につき不在だったために臨時で古文の先生があたし達の監督教官をすることになった。 「えっと…… 今日は何を作る予定だったのですか?」と、古文の先生があたし達に訪ねるが特に聞いていない。 教科書通りならマカロンのはずなのだが…… 材料も家庭科室の冷蔵庫には何でもある状態。マカロン作り(あたしなら一人で十分だけど)の指示をする先生は不在の為に皆、積極的に動くようなことはしなかった。 「私もお菓子に関しては畑違いの専門外ですので何をすればいいのやら…… と、言うことで皆さん好きなものを作ってください」 好きなものを作ってくださいか…… これが一番困るんだけどな。予定通りマカロンでも作ろうかなと保存庫より砂糖を取ってこようとしたが、時既に遅し、砂糖は別の班に大半を先に取られ、残りわずかとなっていた。 マカロンは成分の半分以上砂糖で出来ていて大変甘い。それなのに使う砂糖が足りないのは一大事。甘くないマカロンが美味しい訳がない。あたしはマカロン作りを諦めた。 粉はある程度揃っている、あんこもある程度は揃っている、蜂蜜にメイプルシロップもボトルが一本ずつ、板チョコレート数枚、果物も缶詰がいくつか。 砂糖が少ない以外はよりどりみどり、お好きなお菓子をお作りくださいといった感じだろう。 「何作ろうか?」 リエがあたしに尋ねた。あたしもそれを尋ねようと思っていた。 「自由って言うのが一番困るのよね」 「予定通りマカロンにしちゃう?」 「でも砂糖少ししかないよ」 「駄目ねぇ……」 あたしの班は皆頭を抱えた。すると、一人の女子が手をぽんと叩いた。あまり話をしない、ただ席が近くと言うだけであたしの班に配属された女子だ。トンボメガネに三編みのステレオタイプの委員長の女子だ。 「今日の採点は古文の先生でしょ? だったら昨日の授業の唐菓子って作ってみない?」 あたしはくいと首を傾げた。よく分かっていないものを作れと言うのか。 「揚げれば何でもいいんでしょ? あたしらで唐菓子作ってみようよ」 それはそれで面白い。あたしは唐菓子の作成に取り掛かることにした。 「粉を揚げるだけとは言っても…… 何を揚げればいいのやら」 調理台に乗せられた小麦粉、米粉、もち粉、…… 班のメンバー皆でそれぞれをボウルに入れて粘り気のある塊にしていく。そしてそれを油の中に放り込み揚げる。 夏が終わって油蝉(アブラセミ)の声が途切れたのに再び響き渡る油を揚げた音そのまま蝉時雨。気泡を発しながら浮かび上がる粉の塊、クッキングペーパーの上に乗せて油を切ったところで試しに口に入れてみるがやはりいまいちとしか言いようがない。 皆の共通認識は「味の薄いあられ」だった。皆、口に入れた瞬間に渋いとも困惑とも言えない顔をする。 「イマイチ。だね」 「でもさぁ、平安時代って砂糖が貴重品だったんでしょ?」 平安時代の砂糖。奈良時代に鑑真和上が日本に伝えたとされている。伝わった当時には調味料ではなく「薬」の扱いだった。尚且、純然たる舶来品で、製糖技術も無いために日本での生産はなかった。 日本で砂糖の生産が始まったのは江戸時代の初期からである。
/122ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加