7 開けてびっくりな缶詰

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あたしが店に入ると、タイミング良く他のお客さんは不在だったので、そのままガラスケース裏で接客待機をするおばちゃん店員に天童紘汰に繋げて貰うことにした。本当はプリント渡して、はいさよーならで終わる話だったのだが…… 「若のお友達でございますか」 若…… こんな末端のおばちゃん店員にこんな呼ばせ方をしているところ、本物の御曹司なのだなと軽い寒気と畏れを感じた。 それから店舗の奥に通され、別のおばちゃん店員に連れられて店舗の更に奥に案内される。普段見る天童赤鷹の店舗の裏は和風の邸宅が広がっていた、何のことはない、天童赤鷹の本店店舗は天童家の敷地内にあるだけの話だった。 金沢の兼六園を思わせる和風の庭を歩いた少し先に天童家の母屋があった。母屋の前の池には色とりどりの錦鯉に鹿威(ししおど)し、THIS IS 金持ちの邸宅といった感じであった。そこから遠目を見れば工場群が見える、あそこで和菓子の生産をしているのだろうか。 玄関前に入った時点で度肝を抜かされた。旅館の入り口に置いてそうな巨木を切った装飾過多ながらにその役割を果たしていなさそうな木の置物(パーティション?)が鎮座する。金持ちとは言え一般家屋、何でこんなものが置いてあるのだろうか。 あたしがローファーを脱いだ刹那、高級感溢れる羽毛のような化学繊維(ポリエステル)のスリッパが目の前に出される、あたしは使用人のおじさんの忍者のように素早くも執事を思わせる綺麗で無駄のない動きに魅了されて玄関の土間で立ち尽くしてしまった。そうしていると使用人のおじさんがあたしに声をかける。 「どうしましたか、座敷履(ざしきば)きがお気に召しませんでしたか。それならば別のものをお持ちいたします」 「いえいえいえいえ! お構いなく」あたしは慌ててスリッパを履いた。これまでの短い人生でいくつもスリッパを履いたが、踵からつま先までがふわふわモフモフなそれはとても履き心地が良かった、これまで履いてきた履物の中でトップかもしれない。 長い廊下を使用人のおじさんを前にして延々と歩く。その脇にある窓から見えるのは先程歩いてきた庭園、秋の今となっては真っ赤に染まった紅葉がひらりはらりと風に流れて舞う。紅葉(こうよう)を見るために京都に行こうとリエ達と計画をしていたのだが、あたしとしてはここで紅葉(こうよう)を見ただけで「もういいや」と、思うようになっていた。
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