7 開けてびっくりな缶詰

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長い廊下を通され、着いたのは和風建築には不似合いな洋風のリビングルームだった。赤絨毯にアンティーク調のテーブルにソファ、天井にキラキラと輝くシャンデリア、部屋の隅には騎士鎧、あたしはいつから和菓子屋屋敷からノイシュバンシュタイン城かヴェルサイユ宮殿の一室にワープしてしまったのだろうか。 それから数分後、あたしを案内してくれた使用人のおじさんがテーブルの上にお茶を置いた。 「粗茶ですが……」 「あ、いえ…… お構いなく」 あたしは熱いお茶を口に入れた。ほのかに甘い高級感溢れるお茶を舌の上で滑らせつつ転がす。いつもうちで買ってくる広告の品980円のお茶とは次元が違う。 お茶を四分の一程飲んだ後に、使用人のおじさんが皿の上に乗せられた紅葉の形をして、真っ赤な色をした和菓子を持ってきた。確か、練り切りって名前の和菓子だったような…… 練り切り。白あんにつなぎの食材を混ぜて練り切った物に色合いを付け、四季折々の植物や風物詩の形にする繊細なる細工を施した生菓子のこと。 「お茶請けでございます」 あたしとしてはとっととプリントを渡して帰りたいんだけどな…… どうしてこんな謎接待を受けているのだろうか。いっそのことぶぶ漬けでも出してくれればわかりやすいのに。 あたしは和菓子屋を切るやつ(名前知らない、爪楊枝?)を手にとった。手に取った瞬間に分かる触り心地の良さと高級感、人差し指程の小さなものだが、これだけでも数万円はするんだろうな…… 「この爪楊枝…… 触り心地いいですよね」 あたしは何を爪楊枝を褒めているのだろうか。 「黒文字(くろもじ)を漆で塗らせて頂きました。金沢の職人の方にもお褒めに預かったことを伝えさせていただきます」 この和菓子を切る爪楊枝、黒文字と言う名前なのか…… 勉強になった。それにしても漆で金沢に漆とは…… よく見れば持ち手には金色の梅の模様が刻まれている、洒落にならないレベルの高級品が出てくるとは流石は平安の世から続く和菓子店。 あたしは僅かに震える手のままで練りきりを切り、そのまま口に運んだ。 口に入れた瞬間に白あんの優しい甘さが口の中に広がる。黒餡と違って口の中にいつまでも残らずにアッサリとした甘さ。 「お口に合いますでしょうか」 ここで合わないと言うほどあたしは礼儀知らずではない。あいつに「不味い」と言われた恨みをこの場で晴らしてやろうかと思ったが、 しかし、実際口に合っているために美味しいとしか言いようがない。 「美味しいです」 「それは何より」 ほのかに甘いお茶とアッサリとした上品な甘さの練り切りが本当に合っている。 あたしがお茶と練り切りを食べ終えると、天童紘汰がリビングルームに入ってきた。
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