7 開けてびっくりな缶詰

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「机の横ぐらいに見舞いの缶詰があるんだけど食べさせてくれね? お前来る前に体動かして全身がダルいんだよ」 何を考えて動かしていたんだか…… 一週間も長引く風邪の最中に体を動かす理由とは。 体がダルいという割にはあたしの手はガッチリと握る。あたしは正直仮病を疑っていた。 「缶詰なにがいい?」 手を放されたあたしは並べ積まれた見舞いの品の缶詰を一つ一つ手に取る。 スタンダードな桃やパイナップルから多少マイナー感のある林檎の缶詰まで何でもござれだ。 「じゃ、パイナップル」 いきなりそれ来ますか。あたしはさっきのじいやさんに器とフォークを借りてこようかと思ったが、缶詰の蓋に二股のプラスチックフォークが付属していることに気がついてやめた。 プルタブ式の缶をパカンと開けると、部屋中にパイナップルの香りが充満する。 このシロップ臭、あたしも嫌いではない。 あたしはパイナップルにフォークを突き刺して持ち上げた。流石に一口では食べられないと思ったので、パイナップルの日輪のように広がる切れ目にフォークを突き立て、そのスリットに合わせて細かく切った。そしてその一欠片をフォークに突き刺した。 「はい、あーんして」 あたしがこう言うと天童紘汰は間抜けな面をして大口を開けた。 「あーん」 あーんしてと言われて口を開けるのは当たり前だが、「あーん」とまでは言わない。 この男、変わってるな。 ぱくり。天童紘汰はパイナップルの一欠片を口に入れた。 「この無駄なシロップの甘さ、やっぱりパイナップルは缶詰に限るわ」 天童紘汰は満面の笑みを見せた。それは、本当に美味しいものを食べた時に見せる顔そのものだった。あたしのお菓子では作れなかったその顔…… 見たかったなあ…… あたしのお菓子で。 あたしはひたすらにパイナップルを細かく切り分けて天童紘汰に食べさせ続けた。ものの数分でパイナップル一缶を食べ尽くしてしまった。 「満足した?」 「ああ、美味しかったよ」 これまたあたしが言ってもらいたかった言葉を…… 多分だけど、あたしがこのパイナップルを使ってお菓子作っても「駄目だな」って言うんだろうな。流石にそれは被害妄想か。 「じゃ、あたし帰るから」 「待てよ。まだ足りねぇよ」 まだ食べるのか。体がダルいなら寝ていればいいものを、寝てるのに消化が早いのか…… 新陳代謝がしっかりしているのかな?
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