7 開けてびっくりな缶詰

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結局、缶詰ギフト一箱分全てを食べきってしまった。あたしも途中から機械的に天童紘汰の口に果物を放り込むようになっていた。 誰からに食べさせてもらう程に体調が悪い割には大食いねぇ。呆れ果てる限りだわ。 「缶、どこに捨てたら良い? まだシロップも入ってるけど」 「後からお手伝いさん呼ぶから気にしなくていいよ」 「じゃ、そのままにしとくね」 その時、ノックの音が鳴った。 「若、私です」 先程のじいやさんか。若呼びを生で聞くと正直笑いが込み上げてくる。 若い男女が部屋で二人きり…… 変な誤解をされなければいいのだが。 「爺、この人を丁重にお送りして」 「かしこまりました」 「え、いいよ。まだ外明るいし、バスもまだあるし」 「気にするなって! お前だって忙しい中わざわざプリント届けに来たんだし」 たまこ先生に強引に行かされただけなんだけどな。あたしが忙しいことを分かってるならどうして部屋に招き入れて介護みたいに延々とあーんさせたのか。 あたしはそんな事を考えながらじいやさんの運転する車に乗り帰路に就いていた。 それにしても、この車…… 高級すぎて逆に落ち着かない、黒塗りのゆったりとした典型的高級車は揺れない、信号待ちでブレーキを踏まれても揺れを感じない。先端に付いたエンブレムも羽の生えた天使、こんな車にぶつけては保険会社もカネ払えそうになくて裸足で逃げ出しかねない、それを分かってか車間距離を詰めてくる車もいない、そこのけそこのけ超高級車が通ると言った感じか。 あたしの家までもうすぐというところでじいやさんが唐突に話しかけてきた。 「若のわがままに付き合って頂いてありがとうございます」 「あ、いえ…… 別に気にしてませんから」 じいやさんは天童紘汰のわがままを許しているのか。 「仮病にお見えになりましたでしょう」 「いえ……」 「半分仮病、半分本当なんですよ」 「はぁ……」 「本当は風邪の方は完璧に治っているんですよ。もう、数日前から主任の仕事もなさってますよ」 「ならどうして学校の方に来ないんですか」 「もう、気にする必要がなくなりましてね…… それは追々知ることになります」 勿体ぶった言い方するなぁ、このじいやさん。 「先程、風邪の方が治ってるとは言いましたが、疲れで体調が悪くなったのは本当ですよ」 「疲れ?」 「ええ、あなたにお出しした練り切り…… ございましたでしょう?」 「美味しかったです」 「あれ、お作りになったの若なんですよ」 「え? 天童赤鷹の主任自らが? あたしの為に? どうして?」 すると、じいやさんは軽くため息を吐いた。 「お分かりになりませんか?」 「一応はあたしお客さんだし?」 「それなら店頭ショーケースにある物を出します。贈答用の作り置きもございます」 あたしの為に手作りしてくれたってこと? あたしは暫く考え込んだ。 「お友達…… 若の御学友ですね、お名前まで知りかねますが…… から連絡を受けて慌てて練り切りをお作りになったのですよ。あなたが来ると知った瞬間の若は本当に嬉しそうでした」 どうして嬉しそうだったのか。あたしには皆目理解出来ない。また、メシマズを馬鹿に出来ると喜んだのだろうか。 「もう一度聞きます。本当にお分かりになりませんか」 あたしはこくりと頷いた。それをバックミラー越しに見ていたじいやさんが軽いため息を吐いた。
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