7 開けてびっくりな缶詰

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「天童赤鷹の和菓子は常に完璧を求められます。旦那様は若にある教えを叩き込みました」 一子相伝の奥義かな? 「僅かに味に欠点があれば不味いと言ってやることです。そうやって指摘をすることはいいことだと教えられたのです」 あれ? 何か既視感を覚える話になってきた。 「うちの従業員は分かっているから自己反省をして作り直すからいいのですが、小学校や中学校で出る給食を不味いと言い放ったり、他所様の家にお呼ばれしてお母様より食べさせてもらった料理に不味いと言うようになったのです」 凄い嫌な奴。言われた方は一生もののトラウマね。言われた人はどんな顔をしていたのか見てみたい。あたしはバックミラーに映る自分の顔を眺めた、さすが高級車のバックミラー、一点の曇りもない。 「それに…… 天童赤鷹の女性従業員はいわゆるおばちゃんが多くて……」 確かに屋敷内ですれ違う工場勤務と思われる人は皆おばちゃんだったな。 「おばちゃんで尚且自分の所の従業員なら多少キツいことを言っても許される感があります」 内心ではまた「あの坊主にキツいこと言われた」って恨んでるかもしれませんよ。 「だから外にいる女性と接し方を知らないのでございます。わかりやすく言えば同世代の女性との接し方を知らないと言った感じでしょうか。女嫌いと言った方がいいかもです。自分を捨てた母のことも多少はあるかも知れませんが」 だからあたしにあんな言い方をする訳か。そう言えばアレだけのイケメンなのに女子と付き合ってるとか浮いた話を聞いたことがない。いつも男子と一緒にいるイメージしかない。 「白鳥花緒莉様」 え? あたし名前名乗ったっけ? 一番初めにクラスメイトの白鳥ですとは名乗ったような気もするけど…… 「若に対してお菓子を作って不味いと言われたことは承知しています」 「知っていたんですか」 学校生活を監視されているのか? 天童紘汰。 「大層傷つかれたと思います、若をお嫌いになられたと思います、ですが、それは我が家の育て方が間違っていただけのこと。手前(テメ)ェ勝手な話とは重々承知していますが、若を嫌わずにいてやってはくれませんか。若は…… 若は…… 実はいい子なんですよ」 話が進むに連れて涙ぐむようになっていた。泣くのはいいけど運転はちゃんとしてくれませんか? 多分この車だったらどこにぶつかっても少し揺れるぐらいで済むかもしれないけど…… ぶつかられた方はいい迷惑よ。 「そう言われても…… もうあたしは天童くんとどうこうしようって気はありませんし、仲良くしようって言われましても」 すると、じいやさんは悲しそうな顔を見せた。 「左様でございますか……」 じいやさんはウインカーを上げて、道路の左端に停車し、ハザードランプを焚いた。 「到着致しましたよ」 あたしは窓の外を眺めた、見慣れた自宅の前の風景が広がっていた。 「あ、家まで送ってくれて有難うございました。スッゴク快適でした」 あたしはペコリと礼をして車から出ようとした。じいやさんが涙をハンカチで拭いながら何やら呟いているのが聞こえてきた。 「若…… 人を見る目はあるようで…… 安心しました…… うう……」 「あ、あの? 大丈夫ですか?」 じいやさんは涙を拭い終えて急に冷静を装う。 「いえいえ、お気遣いなく」 あたしが家に入ると、ドタドタドタと激しい足音を立てながら弟が廊下を走ってきた。何よ何よ騒々しい。 「ねーちゃん! 何あの黒い車!」 一般庶民が暮らすこの住宅街には不釣り合いな高級車だもんね。そう言いたくなるの分かる。 「お友達の家にお見舞いに行ったのよ。そうしたら帰り送ってもらえて」 「いーないーなー あんな高い車、一度乗ってみたい」 両親あたし弟、一家四人一生働いても買えないであろうあの高級車。多分だが、あたしも乗るのは最初で最後になるだろう。弟に関してはこれからの成功(サクセス)次第で乗れるかも知れないから頑張りなさいよ。あたしは弟の頭をいいこいいこと撫でた。 「何だよー いきなり撫でるなよなー」 弟は嫌がるようなことを言うがその顔は笑顔だ。実は嬉しいくせに。 本当に男の子って素直じゃないんだから……  嬉しいときは嬉しいって言えばいいのに。いくら心の内側で嬉しいって思っても、口に出してくれなきゃわからないもんよ。
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