8 聖なる夜に丸太を叩き込む

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いつもなら試食役にリエなり弟なりがいるのだが、今回は最低最悪の天童紘汰しかいない。 こいつは100点の味しか美味しいと言わない、99点でも残った1点をネチネチと突っ込んでくる奴だ。試食役としては本当に最低最悪だ。しかし、このネチネチも有り難いと言えないことはない。 あたしは天童紘汰にブッシュ・ド・ノエルを食べることを促した。 「食べてくれる?」 「えーっ、お前が食えよ。自分の舌が信用できないのか?」 「さっき『心配になって手伝いに来た』とか言っていた割にはメレンゲしか作ってないじゃない。味見ぐらいしなさいよ」 天童紘汰は渋々そうな顔をしながらブッシュ・ド・ノエルを口に入れた。あたしだって渋々と試食をお願いするんだから我慢しなさいよ。名も知らない一般人が通りかかればこんな苦労もしなくて済んだのに。 「んー。普通だな」 あれ? 意外な反応。いつもの様に「駄目だな」の一言からネチネチと問題点を言われると思ったのに。 「何年か前にフランスでクリスマス過ごしたんだけどさぁ」 相変わらずのセレブっぷり。自然に自慢話に入るスタンスにもなれてきたのか腹も立たなくなってきた。 「そん時に食べたブッシュ・ド・ノエルみたいだぜ」 美味しいのか美味しくないのかどっちなのだろうか。本場フランスのものみたいだと言ってくれている以上は美味しいと言う意味に取っておこう。 「こりゃどーも」 「スポンジに入った柑橘系の隠し味がチョコとよく噛み合ってると思うぜ」 あれ? あたし今回柑橘系何も使ってないけど…… そもそも材料に柑橘系を何も持ってきてない…… 柑橘系のリキュールすら使ってないはずだ。イチゴの酸味と間違ってない? あたしは慌ててブッシュ・ド・ノエルを口に入れた。チョコレートの甘みとイチゴの甘酸っぱさが口に広がり美味しい。確かにスポンジからは僅かに柑橘系の味が僅かにする、その僅かがチョコレートの苦さとイチゴの甘酸っぱさを繋げ、あたしが以前に作ったブッシュ・ド・ノエルより美味しくなったと言える。 「あんた、なにか入れたでしょ」 天童紘汰は舌をぺろりと出して頭を掻いた。 「バレたか」 「自分で隠し味つけておいて、それを自分褒めるなんてちょっと趣味悪いよ」 「すまねぇな。メレンゲにレモン汁入れることが習慣になっててな」 レモンだったのか。確かにメレンゲにレモンを入れるとキメが細かく潰れにくいものになる。お菓子作りでは入れる派と入れない派の二つに別れているが、あたしは見事に入れない派だ。別に味の変化どうのこうのということではなく、ただ、なんとなく入れてないだけだ。 そうか、こいつは入れる派ということか。それで美味しくなったんだから、許すとしよう。 「けど、やっぱり普通の域を抜けないんだよなぁ。コンビニの店頭で買ったものと余り代わり映えがしないんだよなぁ」 本当に腹の立つことを言う。 「日本のコンビニスイーツは一流のパティシエ並の味だってどこかで聞いたことあるよ。クオリティが高いって」 そう、一個100円前後のシュークリーム一個でも海外で出せば「一流パティシエ」が作ったもの並に評価されるのだ。海外の一流パティシエが日本に来てコンビニエンスストアに並んだコンビニスイーツを見るだけで驚くとのことらしい。「何故にこんなハイクオリティなお菓子がこんなに大量に並んでいるのだ!」と。 一定の評価は貰ったことだし、これと同じものを当日は量産する形でいいか。ちょっと人手が足りないけど、こばと園のスタッフさんにお願いすればいいか。 「俺も当日手伝うぞ」 「南の島とかに行くんじゃないの?」 「だから行かねぇって言ってるだろ。分かんねえ女だな」 「折角のクリスマスなんだから自分の好きなことして過ごした方がいいと思うよ。友達とカラオケ大会でもやったら?」 「俺、避けられてない?」 当たり前でしょ。
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