第三楽章:光の出処はいつでも…

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第三楽章:光の出処はいつでも…

病院のICUに到着すると、虎太郎はまだ静かに寝て居た。 何の変化もない、それが安堵につながった。 ちゃんと生きている。 虎太郎に手をそっと撫でると、少し手がカサついて居た。 虎太郎の唇も、珍しく乾いて居る。 女子みたいにいつもリップを持ち歩いて居たら、そう思った瞬間に虎太郎の口が少し動いた。 「虎太郎?起き…た?」 俺の問いかけに、虎太郎はまた微動だにしなくなり、静かに生暖かな息を規則正しく酸素マスクの下で繰り出し続けて居る。 虎太郎の笑えるぐらい柔らかくて肌理の細かなその頬を、人差し指と中指の背でそっと撫でると、虎太郎は少し大きめの息を吐き出した。 「虎太郎…今、何の夢見てる?」 事故った時も意識はしっかりしていた俺には、こういう経験がない。 こう言う時、人は夢を見るのだろうか? もし見るとしたら、どういう夢を見るのだろう? 虎太郎の上下する胸の動きに、そっとそこに耳を当てると、怖いぐらいそこから音楽が響いてくるのを感じた。 ド ド ド ド ド ド ド 完璧なテンポで踏まれるバスドラの音のように、力強く体の芯に響く音。 ド ド ド ド ド ド ド ここで生きてるって、この世界に必死にその存在を訴えかけるように鳴り響くその音、胸の奥が急に高温になる。 熱い。鼓動。生命。 生きて居る虎太郎の体が繰り出す音が、俺の世界に最大の音量で鳴り響く。 「虎太郎…俺さ…何がしたかったのか…分かっちゃったから…ツアー、続けても良い?」 虎太郎の心臓は、急にそのテンポを上げて俺の質問に声援でも送るように鳴り響く。 ドドドド ドドドド ドドドド ドドドド 歌えるか分からない。 こんな状態でステージに上がるのは、オーディエンスを裏切る行為なのかもしれない。 でも、虎太郎に教わった事が一つある。 世界は、きっと変えられる。 俺の世界が虎太郎と出会った事で変わったように、誰かの世界が今日もしかしたら俺達の楽曲を聴いて、変わってくれるかも知れない。 良い方向へ、愛のある、笑える歌える踊れる、生きて居たいって思える世界へ…。 「虎太郎…なるべく早めに起きてな…俺、週末のフィラデルフィアの準備、もうしないとだし…」 少し赤みを増したように見えた虎太郎の頬は、何だか微笑んで居るように見える。 指先に口付けると、少しその指をピクリと動かす様子に、ちゃんと指先まで虎太郎が生きて居ることを証明してくれて居ると感じた。 やっぱり、これを守りたい。 そう強く思い、虎太郎の耳元に口を近づけ囁いた。 「そんでさ…ツアー終わったら…二人で何処か行こ…誰も俺達のこと知らないような、何処か遠くで二人で暮らそう…」 俺の出せる全部を、伝えたかった全部を、魂の叫びを全て出して、その後はもう虎太郎と静かにただ生きたい。 ここで眠るこの男が絶対に安全であると思える場所で、二人で愛を語り合ったりしながら穏やかに暮らしたい。 この強い決意を胸の一番奥に隠し持ちツアーに出るのは、ファンへの、Blinksへの、人生の一番大事な時を想いを共にした仲間への、最低で言い訳のしようのない裏切り行為だ。 それでも俺がこの先これを続けられるのは、その気持ちがあるからだ。 この男とただ生きたいから、俺が一番したい事がそれだって分かってしまったから、迷いはない。 虎太郎の顔を見ると、その綺麗な睫毛の端から一筋の涙が頬を伝い、枕を濡らした。 「…ごめん……愛してるから…ごめん……」 これから続く何ヶ月にもわたるツアーで、その一公演一公演で、俺は全てを出し切る。 次に進む為に。虎太郎と次の世界に進む為に。 俺にとっての人生の光も生きる糧も全部、虎太郎だけだってハッキリしたから、音楽は完全燃焼させて、次の夢を見る。 目が覚めて、俺がBlinks辞めるって言ったら、お前は怒るんだろうな…。
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