プロローグ

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プロローグ

 誰かに銃口を向けるのはこれが初めてだった。  人に向けた瞬間手の中の鈍は途端に重みを増して、今から生まれて初めて人を殺すかも知れないという恐怖に拳銃を握る両手から汗が吹き出してくる。心臓が強く脈打ち、整えようと試みる呼吸も浅く震えてしまう。  夕刻から降り始めた雨は強さを増して、時計の針が十二時で重なる頃にはあちこちで雷鳴が轟き雨と風の音も騒がしかった。  今目の前で背中を見せているこの男を殺せば、自分はきっとそう長くは生きていられないだろう。運が良ければ雷鳴と雨音で銃声は掻き消され、窓から蔦にぶら下がって考えていた逃走経路で逃げられるかも知れない。妻に銃を向けられているとも知らず、この男は背中を易々と許している。仮面夫婦なんて、甚だ愚かでならない。オリヴィアは意を決して引き金に人差し指を添えた。 「オリヴィア」  阻むように名を呼ばれ思わず肩がビクッと浮いた。男はまだ背を向けたままだ。落ち着け。そう自分に言い聞かせていると。 「私はずっと考えていたんだ。この国の在り方、私たちの在り方、君たち人間の在り方を。……君はどう思う?」  男は至って真面目にそんな事を聞いてきた。
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