最初のはなし

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最初のはなし

ざわついた教室内に、声が上がった。 「やっぱり、こんなのはおかしいよ」 震えるほどに手を握りしめた少年は、わたしがこれまでに出会った誰よりも凛としていた。 現代のティーンネージャーの死因の中で、自殺は最も多いとされる。その中でもいじめを苦にした自殺は常日頃からワイドショーのテーマとなるくらいである。 正直に言ってしまおう。打たれ弱すぎではないか。 赤の他人であるクラスメイトから一方的に被虐され、周りにも相談できなかっただけで自らの十数年にも及ぶ生を終わらせる気持ちには、わたしはならなかった 目の前で高らかに笑い声をあげながら、先ほどまで水の入っていたバケツを手に持った少女は、取り巻きに静止の声をかけると、わたしの頬を勢いよくぶった。 「こんだけされても泣かないなんて、あんた人間じゃないんじゃないの?」 わたしは無言を決め込んだ。 「ほんと気持ち悪い。もう学校に来ないでくれない?」 少女は罵倒を続けた。それでもわたしは応えない。 「なんか言えよ!!」 ばしゃん。と水が肌に当たった。どうやら取り巻きが新たに水を入れたバケツを用意していたようだ。資源の無駄遣いにもほどがある。 「もういい。帰ろ?」 その一声で取り巻きも帰宅の用意を始めた。わたしは呆然とそれを見つめる。とりあえず部室に行ってジャージに着替えよう、なんて今後の計画を立てる。 「明日は学校に来ないでね。」 少女はわざわざ振り返って言い放った。そんなこと言われたって、学校は学ぶところだ。一日でも遅れをとればわからない箇所ができてしまう。だから、わたしはきっと明日も来るだろう。 さて、前置きが長くなったしまったが、わたしはいじめを受けている。複数人による一方的な被虐を。相談する相手はいない。家に帰っても両親は仕事でいないし、帰宅後は疲労していてわたしの話を聞くこともできないだろう。学校でわたしと接するのはいじめっこと担任の先生だけだ。習い事もアルバイトもしていないので、他にわたしが「だれか」と知り合える場所もない。 なんて閉鎖的な世界なのだろう。世界は広いなんて言うけれど、それは嘘っぱちだ。どう頑張ったってわたしの世界は家と学校とその間の道だけだ。夢も希望もない、ただ毎日をリピートするだけの世界だ。 ラプンツェルは狭い塔に閉じ込められていたが、最後には王子様に手を差し伸べられ、塔を出る。けれどそれはおとぎ話で、王子様がラプンツェルを見つけられるような奇跡は存在しない。 茜色の夕陽が、わたしの世界を照らしている。あれはまた明日、わたしの一日を始めるものでもあるから嫌いだ。太陽がなくなってしまったら、明日はきっと来ないだろうに。 部屋へ帰り、制服から私服へと着替えてからベッドに寝転んだ。目を閉じて、想像をする。 もしもわたしに友達がいたら、それはどんな子なのだろう。友達というからには、どこかわたしと一致するところがあるのだろうか。それとも全くわたしに似ていない、正反対の性格の持ち主なのだろうか。 想像上の友達と、わたしは何をするんだろう。一緒に食事をとるのだろうか。そういえばこの間駅前におしゃれな喫茶店ができたと誰かがぼやいていた。わたしは興味なんてないけれど、友達は興味を持つかもしれない。そしたら一緒に行くのは案外悪くない。人の多いところはあまり好きではないけれど、友達といたらそれもまた変わるのだろうか。友達と一緒にミルクココアを飲みながら、あの授業はああだった、わたしの部活はこうだった、と話をして、少し暗くなってきたらまたあした、と別れて。それなら明日が来るのも。 というところまで考えて、やめた。全ては空想だ。こんな風に空想したって、わたしとそうしてくれる友達はいない。なんだか馬鹿らしくなってきて、目元が濡れた。 しばらくそのままでいると眠くなってきて、課題のことも忘れて睡魔に身を委ねた。 ざわついた教室内。クラスメイトはきゃっきゃと無邪気な声を出しながら、わたしの机を眺めている。 「ばか」「しね」「学校に来るな」その他もろもろの罵倒が、机に油性インクで書かれていた。 だからと言って学業に支障もないので、そのまま放置して席についた。カバンの中に入れていた小説を取り出し、昨日の続きから読み始める。 「やっぱり、こんなのおかしいよ」 誰かが声をあげた。バン、と机をたたく音もおまけについてきた。 「ねえ、中庭に行こう」
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