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カールの哀しみ
ヨハンとフィルの旅立つ日が来ました。街はずれまで見送る間に、大勢集まってきて、ヨハンは上機嫌です。近くに住む楽団員や勤め先のお城のお役人、ご近所の人々。そして私たち家族。
「お土産を買ってくるから、後のことをよろしく頼む」そういって、ヨハンは出発するつもりだったはず。
しかし、フィルが、たったひとり同行の栄誉を許された長男が、その余裕たっぷりな気持ちから弟を気遣ってたずねました。
「カール、お土産何がいい?」
少し変な間が空いた後、カールは応えました。
「死んだ母さん」
カールが応えると、ヨハンは怒りました。
「バカ! 何てこと言うんだ」
「それは言わない約束よ」
「お兄ちゃん、新しい母さんが可哀想じゃない」
姉と妹からも、非難の言葉が浴びせられます。
カールはうつむいて、ひとりその場から駆け出して行ってしまいました。
旅立ちの日に、何てことでしょう。一同困惑するばかりです。ヨハンは顔をひきつらせたまま、長男を促し出発しました。
私は集まってくださった皆さんへのお礼もそこそこに、カールの後を追いました。
カールは、まっすぐ家に戻っていました。自分のベッドに突っ伏して、身を震わせている姿に胸が痛くなりました。部屋に入ろうか迷っていると、涙声でぶつぶつ言うのが聞こえます。
「母さん、母さん。兄さんばかりずるいよ。兄さんはぼくよりずっと長い時間母さんと一緒だった。先に生まれたかったよ、悔しい……」
「すごく良い子にしていたら、新しい母さんが来てくれたけど、ぼくはやっぱり本当の母さんじゃないとダメなんだ……」
旅に連れて行ってもらえないことを、悲しんでいたのではなかったのです。前のお母さんが天に召されたとき、たった六才だったカール。その悲しみはまだまだ大きくのしかかっていたのでした。カールだけでなく、他の子どももそうなのかもしれない。新しく来た私に、遠慮して何も言えずにいたのでしょう。きっとそうです。ああ、何と可哀想なカール。
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