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あんな無礼な陰口を叩いたから天罰が下ったのだろうか?
どうやら私はその「絶対にない」男と、拒否権なしのお見合いをするという状況に陥っているらしい。
現実を受け止めきれない頭で、コーヒーを飲む目の前の男を呆然と眺める。
「ロビーの照明デザインが少々古いな」
なにやら難癖をつけているところを見ると、彼が橘系列のこのホテルを待ち合わせに指定してきたのは視察も兼ねていたようだ。
「庭園はいい。どの季節でも映える」
彼にしては珍しく褒めているので、私はぼんやりと窓の外に視線を転じた。
このホテルの日本庭園は、実は祖父の代に白川花壇が手がけたものだ。
彼はおそらく知らないだろう。
あの当時は白川にまだ腕のいい職人さんがたくさん残っていて、造園業も盛んにやっていた。
今は別の業者が管理しているはずだ。
「一朝一夕では積めない技術があるんだな」
この庭園をどこが手がけたかを知ったら、彼の評価はどう変わるだろう?
彼の横顔に移していた視線を再び窓の外に向けた。
このホテルが建てられる前、ここら辺一帯は野原だった。
春になると一面に白詰草の花が咲き、近くにある母の実家に滞在中はよく抜け出して、ここで遊んだものだ。
年寄りに囲まれて育ったひとりっ子で従姉妹もあまりいなかったから、ひとり遊びに慣れていた。そこで少年時代の橘部長と出会ったのだ。
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