「あの、どこへ?」
「部屋を取った」
「なな、な……」
自慢ではないけれど、これまで男性経験はゼロだ。
なにも頑なに貞操を守っていたわけではなく、広く門戸は開けているつもりなのに男性が寄ってこない。
それが密かな悩みだったけれど、自分の色気のなさが原因だということは自覚している。
だとしても、男性に迫られるという憧れのシチュエーションを、こんな相手と、こんな悲惨な状況で迎えるはずではなかった。
もはや気分の悪さなど吹き飛んでいる。
私の動揺を知ってか知らずか、隣にそびえ立つ男は事も無げに尋ねた。
「自分で着付けはできるな? 俺は脱がせることはできるが着せることはできない」
「え? いやちょっと待っ──」
私の焦りとは真逆の明るすぎる電子音が響き、エレベーターのドアが開く。
彼に引きずられるようにしてホールを抜けると、目の前には客室のドアが並ぶ長い廊下が続いていた。
「ちょっと! 待って待って」
「大声を出すな。ほかの客の迷惑になる」
自由のきかない着物姿の私は、抵抗空しく部屋に突っ込まれた。
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