プロローグ

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お見合いの相手は、私が勤務する橘ホテル東京の営業企画部部長、橘恭平だ。 私の直属の上司でもある。 彼が社内でプリンスと呼ばれているのは、甘く優しい端正な顔立ちと気品あふれる物腰のせいだけではない。 橘ホテルグループ社長の甥である彼は、次期社長と目されているサラブレッドなのだ。 直系血族ではない彼がそのような期待を背負うのは、現社長が子供に恵まれず嫡男がいないせいらしい。 そのため橘部長は、女子社員たちの注目の的となっている。 そんな彼と、しかも上司である彼と、どうして私がお見合いすることになったのか。 私の実家は代々造園業を営んできたが、曾祖父の代に「白川花壇」と社名を掲げ、本格的に花卉販売業に乗り出した。 得意とするのは、長く日本庭園を手がけてきた地盤を生かした和花だ。 生け花ブームに乗り、一時は絶対的な隆盛を誇ったという。  しかし「会社は三代目で傾く」という定説通り、三代目社長の父のもと、業績ははかばかしくない。 というより、そんな控えめな表現ではもはや足りない状況に陥っている。 要するに火の車なのだ。 原因は父が洋花事業を展開する際に無計画に販路を広げすぎたことにある。 人材育成を伴わない販売拡大は品物の個性を消し、画一化へと傾く悪い流れを生んだ。 古くからの顧客が離れ、腕のいいバイヤーも去っていくなかで新規事業も時代を読み違え、今は採算のとれない事業に体力を奪われている状態だ。 そのなかで手堅い利益を確保していたのが、ホテルでの披露宴やパーティー向けの生花需要 だったが、ここ数年になって新興のライバル社に取引先を次々と奪われ始めた。 ここでようやく、それまで呑気だった父も危機感を抱いたらしい。 しかし父が打った手はなんとも邪道で、最重要取引先である橘ホテル東京に娘の私を就職させることだった。 先代社長の頃は橘家と白川家は親交があったが、最近は疎遠になっている。 加えて新興ライバル社一族が橘家に接近しているという情報も入り、こちらも負けじと義理で固める作戦に出たのだ。 しかし、ライバル社が橘ホテル大阪の大型契約を取りつけたことに焦った父は、両社の結びつきを不動のものにするため、橘社長に娘である私の縁談を世話してもらえないかと持ちかけたのだった。
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