両親は知らないけれど、私は子供の頃に少年時代の橘恭平と一度だけ会ったことがある。
そのときに交わした無邪気な約束は、淡い思い出として胸の奥にしまってきた。
大人になり、就職して彼と再会しても、運命などと浮かれて筒井筒のような期待は抱かなかったし、彼も忘れていると思っていた。
でもやっぱり、これって運命なのかもしれない。
これまでの数年間、橘部長とは上司と部下の関係だった。たしかに私には特別優しくしてくれるけれど、雲の上の人だし、特別な意味なんてないと思っていた。
でもこうやってお見合いを受けてくれたということは、もしかしたらあのときのことを覚えていてくれたのかもしれない。
そうでなくても私のことを憎からず思っていてくれて、それで機が熟すのを待っていたとか──。
「やだもう、橘部長ったら情熱的なんだから」
思わず照れて両手で顔を覆ったときだった。
「白川乃梨子」
いきなり頭上からフルネームで呼ばれ、私は椅子から浮くほど飛び上がった。
明らかに橘部長の甘く優しい声ではない。
こんな場所でまさかと思うけれど、聞き間違いでなければ、この声は──。
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