「申し訳ありませんが、その席にもうすぐ人が来るんです」
約束の時間まであと五分しかない。
一刻も早く追い払わなければ、人生と家運をかけたお見合いが台なしになってしまう。
「えらくめかしこんだな」
私の言葉が聞こえているのかいないのか、彼はメニューを開きながら意地の悪い顔でニヤリと笑った。
露骨に馬鹿にされ、私の鼻の穴が膨らむ。
こんな場所で着物を着て〝めかしこんで〟いたのでは、お見合いだということは言わずともばれているだろう。
面白がっているに違いない。
「よく似合ってる」
メニューに目を落としたまま、彼はわざとらしく取ってつけたように言った。
「ほかに席が空いてるじゃないですか」
彼はそれには答えず、やってきたラウンジスタッフにコーヒーをひとつと、カフェオレをデカフェで作るよう頼んだ。
「ミルクたっぷりで」
「承知いたしました」
彼が待ち人の分までオーダーするのを聞き、さすがに慌てた私は恥を忍んで訴えた。
「あの、私はこれから大事なお見合いがあるんです」
「俺も見合いだ」
「え?」
女性 に不自由していなさそうな彼に、お見合いという言葉はあまりに似合わない。
一瞬きょとんとしたあと、私は再び臨戦態勢に戻った。
「それはそれはおめでたいことでなによりなんですけれども、お見合いって相席するものではないと思うんです」
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