日傘は撮影のためらしい

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日傘は撮影のためらしい

 日傘担当のバイトと一緒に、小手川(こてがわ)日奈子(ひなこ)は、テレビ局の正面玄関でカメラを手に提げて立っていた。日陰だが、夏の湿気を孕んだ空気で汗ばむ。  来客者用の駐車場に、一台のタクシーが入ってくる。佐藤(さとう)が突然、正面玄関に出た。 「秋月(あきづき)先生と、会ったことないんだよ。間違えないように、胸に白い花をさすようにお願いしてあるんだ」  佐藤(さとう)の胸ポケットには、どこから持ってきたのか、造花の白い花が挿してあった。 「バイトさん、タクシーを車止めまで誘導して、小手川(こてがわ)さん、タクシーの乗ってるところから撮影開始」 「部長、タクシーまで撮影する必要あるんですか?」  小手川(こてがわ)日奈子(ひなこ)が、うっかり本音を漏らした。 「ある!『森のはずれのグリン』だけで、時間が埋まらなかった場合、先生のインタビュー映像、メイキング映像で時間を稼ぐ。あくまでも、先生がセンターで、スタッフは腕が映る程度にするように撮影してね」  アルバイトが閉じた日傘を、誘導灯代わりに揺らす。誘導され、タクシーが車止めで止まった。テレビ局の正面玄関の車止めに停車した。いきなり、カメラを向けられ、タクシーの運転手も緊張しているようだ。  後部座席から女性が降り立つが、カメラの威圧感で驚いた顔をしていた。 「秋月(あきづき)先生、初めまして。加藤(かとう)労全(ろうぜん)こと、尾張三河日々テレビの佐藤(さとう)六全(ろくぜん)と申します」 「秋月(あきづき)です」 「リアルで会うと思ってなかったから、どえりゃー、わし、びっくりしてるがやぁ。名古屋弁です」  佐藤(さとう)は名刺を渡しながら、秋月(あきづき)の緊張を解きほぐそうと努力していた。無駄な努力だ。
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