1【出会いの春】~朝比奈航~

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 恥ずかしい奴だな……。小学生かよ。  彼の幼い行動にはすっかり(あき)れてしまったが、大地があまりにピースサインを送ってくるのをやめないので、航も仕方なしに、しぶしぶピースをし返す。  ところが、その時だった――。航はふと視線を感じて、目を大地のすぐ後ろの席へ移した。  そこには、ずいぶんと綺麗な顔立ちをした男子生徒が座っている。ふわっとした癖のある髪に、白い肌。ぱっちりとした目の色は薄く、どこか欧米人とのハーフにも見えた。  ん……?  ほんの一瞬、間違いなく目が合ったが、彼はすぐに航から視線を逸らした。妙な反応だ。その前から見られていたような気がするのは、おそらく勘違いではない。そう思えば不思議と目を離せなくなって、航はその男子生徒をじっと見つめた。  んん――? 「やぁ、おはよう! 新入生諸君!」  不意に、張りのある低い声が教室中に響いた。いつの間にそこにいたのか、今、教卓の前には担任らしき教師がいて、あいさつが始まるところだ。  航はハッとして、目線を自分の机の上に置く。教室に響き渡る担任教師の声は、一瞬にして航を我に返らせたが、その内容はまるで頭に入ってこなかった。  なんだ、あいつ。知り合い……じゃないよな?  航はもう一度、大地の後ろの席をちら、と振り返る。  ひょっとして他校の剣道部員か……? 大会で見たことが――……いや、ないな。  どう見ても初めて見る顔だった。大会でよく見かける他校生徒の顔くらいは、だいたい覚えているつもりだ。それに、いくら男でもあれだけ容姿が整っていれば、印象も強く残るし、そう簡単に忘れはしないだろう。  ふと見れば、大地がその男子になにか話しかけている。どうやら、筆記用具を借りているようだ。航は(まゆ)を上げた。  大地に限って初日から物を忘れる、などということはないはずだ。いつもおちゃらけていて、飄々(ひょうひょう)としている大地だが、ああ見えて案外しっかりしていることは、幼馴染である航が一番よく知っている。  大地の奴、絶対わざとだ。  昔からそうだった。人懐こいのはもちろん、誰とでもすぐ仲良くなるそのうまいやり方を、彼はよく知っているのだ。  さて、入学式が終わり、教室へ戻った後、担任教師の長い長いホームルームが終わると、航はすぐに大地の席へと駆け寄った。そうして、後ろの席に座る、例の男子生徒に目をやった。 彼はカバンの中をゴソゴソと漁ったり、ケータイの画面を見たりしている。航に見られていることなど、全く気にしていないようだ。 「なぁ、おい。お前」 「え? おれ……?」 「お前だよ。さっき、こっち見てたろ。どっかで会ったか?」 「え、えっと……」  話しかけてから、しまった、と航は思った。初めて話す相手だというのに、ろくに自己紹介もしないまま、なんて自分はぶしつけな聞き方をしたのだろう。彼も驚いたのか、ギョッとした顔でこちらを見つめている。しかし、すぐに罰が悪そうに目を伏せてしまった。 「そ、うだったかな……? ごめん、よく……わからない、けど……」  少し高い、かすれた声だった。その途端、大地がぶっと噴き出して笑った。 「航、今のなに……! もしかしてナンパのつもり?」 「な……っ!」  「ナンパ」という言葉に顔が一気に火照(ほて)っていく。ずいぶんと語弊のある言い方だと思った。ナンパなんて、したことも考えたこともない。だいたい、そういうものは一般的に、異性に対してするもののはずだ。そして今、目の前にいるのは、どう見たって男だった。 「バカ……! ナンパなんかするわけねえだろ。俺はな、さっきこいつが――」  そこまで言って口を(つぐ)んだ。『さっきこいつが俺の方を見てやがったんだ』なんて、またえらく失礼なことを言おうとしていた自分を、今度はなんとか抑えた。 「カイちゃんがどうかしたの?」 「カイ、ちゃん……?」  大地が「カイちゃん」と呼んだその男子は、頬をほんのりと赤らめている。なぜそういう反応になるのか理解できずに、航は(まゆ)をしかめた。だが、ふと気付く。  どうでもいいけどこいつ……、案外しっかりした体してんだな……。  改めて彼を間近で見て、航は彼に、不思議な違和感を得た。肌はきめ細かく滑らかで細身。遠目から見た彼は、まるで女のようでもあったが、こうして見ると、その体つきは決して華奢(きゃしゃ)というわけではなく、案外、筋肉質だった。もちろん、相手は男なのだから当然と言えば当然なのだが、なにもしないで得たにしては、やけに均衡が取れている。ひょっとしたら、運動部なのかもしれない。日焼けしていないところを見る限りは、屋内競技だろうか。
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