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「あのね、おれはその――、剣道はやってるんだけど、剣道部とかには入ってなくて……」
「へぇ」
「大会とかも、小さい頃は父さんに勝手に登録させられて出るしかなかったけど、中学からはもう、出てないんだ」
とても言いにくそうに言った浬を不思議に思いながらも、航は納得した。どおりでこれまで、彼を見かけなかったわけだ。航は中学から剣道を始めたので、ちょうど行き違ったような形になったのだろう。
「剣道、嫌いなのか?」
航が訊ねる。すると、浬は慌ててかぶりを振った。
「ちがっ、嫌いなんじゃなくて……。むしろその、剣道は楽しいし、好きなんだけど……」
「好きなんだけど?」
大地と声が揃った。その先をなかなか話し出さない浬を前に、航は首を傾げる。だが、ちょうどその時だった。
「あっ、いた! おーい、浬!」
突然、はつらつとした声が教室に響き渡る。三人は声のする方を見た。ぶんぶんと手を振って、活発そうな短髪の男子生徒が嬉しそうに教室に入ってくる。彼は背は平均的だが、鼻すじの通った鼻と、切れ長の目を持った端正な顔立ちをしていた。だが航は、その顔を見た瞬間に顔を歪める。
「げ……!」
「北条……」
北条楓。中学時代、彼は船戸市立船戸南部中学校で剣道部に所属していた。そこは、航が在籍していた船戸第二中学校とはライバル関係にあった。ところが、なんの縁だろうか。彼は今年、航と同じく、この市立船戸高校に入学し、チームメイトとなっていた。
楓もまた航の姿を見るなり、途端に顔を歪めて見せた。彼とは春休みからこの船戸高剣道部の稽古に一緒に参加しているが、とにかく折り合いが悪かった。どうやらひどく嫌われているらしい。もっとも、それに心当たりはあった。
「うわ、なに……、お前。浬と同じクラスなの?」
「悪いかよ」
航は中学校最後の試合となった、夏の総合体育大会の市の個人戦と、県の個人戦の両方で、楓と当たっている。勝ったのは航だった。しかも航はあの時期、とてつもなく調子が良かったのだ。プライドの高そうな彼にまさか言えはしないが、楓は航の敵ではなかった。試合時間はわずか、一分足らずだった。
それを今も悔しく思っているせいなのかもしれない。楓は航に対してとにかく当たりが強かった。日々、なにげなく投げられる言葉もいちいトゲがある。今だってそうだ。それにはほとほとうんざりさせられていた。
「そっかぁ、楓は知り合いなんだもんね?」
暢気に明るい声を出した浬だったが、楓にキッと睨まれると、途端に眉尻を下げ、困ったように笑った。
「別にこんなの知り合いでもなんでもないし、同じ部活なだけ。浬! 早く部活行くぞ!」
楓は苛立って浬を急かし、腕時計などしていない左手首を、指でツンツン突いて見せている。しかし、彼の言動に驚いたことは言うまでもない。
「おい、ちょっと待てよ。小笠原は剣道部じゃないだろ?」
「うっせーな、浬はこれから入るんだよ」
楓は面倒くさそうにそう答えた。彼の口の悪さは相変わらずだったが、航はそれを気にも留めず、疑問を持つ。
「でも、中学ではやってなかったんだろ? なんでまた入ることにしたんだよ?」
「別にそんなの、お前に関係ねえじゃん」
「お前に訊いてるんじゃない。俺は小笠原に訊いたんだ」
航が浬に目をやる。すると、浬はやはり困ったように、だが笑みを忘れずに作って頭を掻いた。
「あのね……、高校では部活、入ってみようかなって思って……。おれ、部活ってちゃんと入ったことないし、大学受験するときなんかもさ、役に立つかなぁ、とか――」
「そんなんで始めてついてこれるのか? うちの部、割と強豪だから稽古もきついし、楽しいばっかじゃないぞ」
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