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「はじめ!」
「やぁぁああああ!」
「うらぁぁああああ!」
審判旗を持つ、佐伯の声が試合開始を告げた。浬は航と上座側の試合場で対峙している。立ち上がり、気合いの声をめいっぱい上げた浬に、航も息を合わせて立ち上がる。その声に負けじと気合いの声を上げる。
面金の間から航の真剣な目が覗いている。刺すような鋭い視線がこちらへ向けられている。だが、浬も負けてはいない。その視線を受け止め、やはり鋭く航を見つめる。
航……。何を考えてる……?
じりじりと間合いを詰めながら、高鳴る胸を鎮めて、航の思考を読む。彼の竹刀の剣先に中心を取られないようしっかりと構え、体勢を崩さないようにしながら、半歩入り、攻める。
しかし、航も下がることはしないまま、剣先が触れ合った。その瞬間、浬は剣先でもって航の竹刀をぐっと押さえ、そのまま面に飛び込んだ。
「メーーーンッ!」
パシンッ、と音がする。航が浬の面を竹刀で防いだ。そのまま距離が近づき、自然と鍔迫り合いになる。面金と面金がぶつかりそうなほどの至近距離で、航と目が合った。その目はこの体の全てを観察しているようだ。もちろん、浬も同じである。
航が浬の手元を崩し、大きく振りかぶる。浬は反射的に面を守ろうとして手元を上げた。が、航は打ってこない。彼は引き面を狙っているのか。それとも今のはこちらの様子を見る為の『フリ』だったのか――。
たぶん、今のはフェイクだな……。
「やぁぁさああああ!」
「うらぁぁあ!」
幾度か、航は浬の体勢を崩そうとするが、浬は懸命にそれに堪えた。そうしながら、航がどう動くのかを見つめ、機会を待った。
やっぱり、打ってこない……。
恐らくは航もこちらの反応や出方を観察しているのだ。浬が一瞬でも体勢を崩して隙を見せれば、彼は無防備になった場所を必ず狙ってくるだろう。
なら、思い切って……仕掛けてみるか。
浬は自ら引き技を仕掛けてみることにした。さっき航にされたように、浬は彼の手元を押して崩す。身長差はある。力の差もある。ならば、それをも利用すればいい。浬は不意にわざと力を抜き、半歩引いた。その瞬間、航の体勢がほんの少し崩れた。面の横が空く。そこを空かさず狙った。
「メーーンッ、面だぁぁあああッ!」
当たった感覚はあった。だが、航は僅かに避けていたようだ。浬は残心を取りながら素早く後方へ下がり、彼と距離を取る。当たりはしたものの、打突が弱い。これでは一本にはならない。
航が間合いを詰めて追ってくる。彼は、浬が残心を取るのに掲げたこの竹刀を下ろす瞬間を、恐らくは狙っていた。確かに、ここは既に試合場のライン際。航にとっては絶好のチャンスに違いなかった。だが、そうはいかない、と浬はその数秒で考えを巡らせた。
この勢いで航が飛んでくるなら面だ……。
今は彼にとってみれば有利な状況だ。きっとあの大砲のような面を打とうとしているに違いない。浬は手元を下ろした瞬間に飛んでくるであろう彼の面打ちに対して、小手を狙うことにした。出小手、という技だ。
――今だ。
「小手ぇぇえええ!」
「……メーーンッ!」
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