プロローグ~小笠原浬~

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「コウ! お疲れ! いい試合だったな」  コウ……。 「ありがとうございます。まぁ、ちょっと悔しいけど、しょうがないですね」 「お前、船高(ふなこう)来るんだろ? 高校でリベンジしろよ」 「はい! 絶対行きます!」  船高――って言ってた……。朝比奈は、船戸(ふなと)高に行くのか……。  市立船戸高校(いちりつふなとこうこう)。聞き間違いでなければそこは、浬の地元にある高校だ。部活動に力を入れていて、多くの部は強豪だと聞いたことがある。剣道部も例外ではないのだろう。  ふたりの会話を思い出しながら、ぼーっとパンフレットを眺める。船戸(ふなと)二中(にちゅう)朝比奈(あさひな)(こう)。そこに記されている名前を、浬は何度も何度も読み返した。 「浬、なに見てんの?」 「わっ……!」  不意に肩を叩かれ、浬は肩をビクッと震わせた。浬に声をかけたのは、幼馴染の北条(ほうじょう)(かえで) だ。 「今日のパンフレットだよ……」 「ふうん? 妙に真剣じゃん」 「うん……。最後の決勝戦、すごかったからさ」  隣の家に住む楓は、赤ん坊の頃から浬と一緒に育ってきた。もう兄弟と呼んでしまってもいいくらいの仲だ。 「あー、あの武田って奴だろ? あいつバケモンみたいだよなぁー」 「そっちじゃないよ。朝比奈って人の方」 「朝比奈ぁ……?」 「あ――」  しまった――。  浬は慌てて口を(つぐ)んで、苦笑する。朝比奈の名を聞いた途端、楓は急にムスッとしてこちらを(にら)んだ。そもそも今日、浬はこの楓の応援に来ていたのだ。  市の大会の個人戦で準優勝だった楓は、本日行われた県の大会に出場していたわけだが、ベスト八まで勝ち上がったものの、惜しくも敗れていた。相手は朝比奈航。そもそも、市の大会の決勝でも、楓は朝比奈に敗れていたのだ。 「ごめん……。楓が最後に当たったの、あの人だったね。二本とも相面だったんだっけ」  ――たしか、そうだった。と浬は楓の最後の試合を思い出す。楓との試合を見ていてわかったのは、朝比奈が面打ちを最も得意としている、ということだった。彼の面は威力も相当強そうだし、とにかくスピードが速い。且つ、絶妙なタイミングで飛んでくる。まるで大砲のようだった。 「だっけ、じゃねえよ……。いいさ、あいつはオレが高校でぶっ倒してやる。リベンジだ!」  楓は腕組みをして、鼻息荒く、そう言った。彼はかなり悔しそうだ。浬はもう一度、朝比奈の眩しいくらいの笑顔を思い出し、パンフレットに記載されている彼の名前を見つめた。 朝比奈、航……か。
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