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「おーい! 航! あった! こっちこっち!」
馴染みの声がして、航はその声の方へ振り返った。
冬の寒さが和らぎ、桜の花びらがくるくると風に舞う四月の事。高校一年生、朝比奈航は、今日この日、念願の市立船戸高校に入学した。
まだ着慣れない制服のせいか、或いは緊張感からか、少し体が強張っている。この船戸高の制服は中学の頃着ていたような、学ランではなかった。ワイシャツにネクタイ、それにブレザー。それはどこか、ビジネススーツにも似ていて、身に着けたその瞬間から、自分がほんの少し大人になったような、不思議と身が引き締まる思いがした。
「なぁ、航! オレら同じクラスだったぜ! C組!」
そう言って、隣で歯を見せて笑ったのは、幼馴染の島津大地である。彼とは自宅が近所ということもあって、幼い頃からよくつるんでいた。暇さえあれば一緒に遊んで、いたずらをして、その後は決まって誰かしらに怒られる。航はそれを彼と呆れるほど繰り返してきた。最早、悪友と呼んでもいいかもしれない。
「おっ、ほんとだ! やったな!」
航は大地と、廊下に張り出されているクラス表の前で、肩を組んで笑い合う。その後、連れ立って一年C組の教室へ向かった。
「いやぁ、航はいいよなぁ。スポ薦だもん、受験してないようなもんだろ?」
羨ましそうに大地は言う。航は頷いた。スポ薦とは――、スポーツ推薦の略である。その枠での受験はそう難しくはなく、落とされることは余程の問題がなければない、と航は聞いていた。ただし、くれぐれもこれ以上成績を落とさないように、と注意は再三受けていたので、それに従ってそれなりに勉強はしていた。だが、それだけだ。
中学時代は勉強も適当に熟すだけで、大していい成績も取れなかったが、所属していた剣道部ではそこそこの成績を残していた。そのおかげで、航はこの学校をスポーツ推薦枠で受験することができ、こうして今日、入学できた、というわけだ。
「作文も書いたし、面接だってあったけどね」
「そんなの受験じゃねぇし。あーあ、オレも真面目に部活でもやるんだったかなぁー」
「お前なぁ、よく言うよ。部活は向いてないとか言って、一週間でサッカー部辞めたのはどこの誰だっけ?」
「だって汗かくし、面倒くせえんだもん」
運動神経はさほど悪くないのに、大地は運動を嫌う。その為、彼の能力を知っている者はこぞって部活の勧誘に来るのだが、大地はそれを受けたとしても、大抵数日で退部することが多かった。そんなに嫌なら受けなければいいのに、と思うのだが、どうやらつい、目の前にぶら下げられたご褒美に、釣られてしまうらしい。
「お前はもうその運動神経を誰かに譲ってやれよ」
「やだね。運動神経悪いなんてカッコ悪ぃじゃん」
「お前のステータス維持の為に神様はその運動神経をやったんじゃないと思うけど」
「あっ、ほらここだ! C組!」
大地は航の言葉を遮るかのように言う。呆れた航はため息を吐きながら、『1-C』と書かれた紙が貼ってある教室へ入った。
教室の中には、既にたくさんの生徒がいた。皆、あちらこちらで友達作りに励んでいるようだ。航は少し緊張しながら、大地と共に黒板に貼られた座席表を見て自分の席へ向かう。
「航、見てー。オレの席、向こう」
大地がニカッと笑って窓際を指差した。
「窓際の五番目か」
大地は二月生まれなので、生まれ月の順で並べられるクラス替えの直後なんかは大抵窓際で、しかも後方の席が多い。一方、五月生まれの航の席はいつだって廊下側だ。酷いときは教卓の真ん前になることもある。
航は自分の席を今一度確認した。案の定、航の席は廊下から数えて二列目、前から三番目だった。席に着いて大地の方を見ると、大地は航に気付き、ピースを作って笑っている。
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