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「どうせ不貞腐れてんじゃないのかなぁ……? たまには静かでいいよ」
鼻を鳴らして、浬は答えた。楓がいると、浬は航とほとんど話ができない。楓が航に突っかかってばかりいるからだ。正直なところ、本当はもっと航とゆっくり話をしたい浬は今日、楓が先に帰ってしまったことに多少なりともホッとしていた。しかし、航は違うようだ。彼は今、目の前で心配そうにため息を漏らしている。
「不貞腐れてるのかもしれないけど……明らかにいつもよりしょぼくれてた気がするんだよなぁ、あいつ。いつもは絶対浬と一緒に帰るのに、今日はさっさと帰っちゃうし」
頬杖をついてそう言ってから、航はやっとポテトを口に入れている。すっかり冷めてしまっているだろうそれを口に入れた途端、航は顔を歪め、ナゲットに付いていたケチャップを付けて再び食べ始めた。
「試合稽古でまた勝てなかったからじゃない?」
「そうなのかな」
「楓、入学してから航にはまだ一勝もしてないし、今日は二本負けだったじゃん」
「そうだけどさ……。なんかこう、思い詰めてる感じしなかったか?」
「まぁ、言われてみれば……」
浬は航を見つめながら、ふと疑問に思う。いや――。これはそもそも、ずっと浬が航に対して不思議に思っていることだった。
「ねぇ。航はさ、楓に散々強くあたられてるのに、一緒にいるの嫌じゃないんだね?」
お人好しなのだろうか。普段から、楓がいくら棘のある言葉をぶつけても、航は決して彼に対して怒ったりしなかった。それなりに言い返すことはあっても基本的に航は冷静なので、決して喧嘩にならないのだ。ただし、楓はそれが余計に気に入らないらしい。全く、彼は子どもだ。
航は浬が投げかけた疑問に苦笑すると、言った。
「うーん……。嫌じゃないかって聞かれたら嘘かもな。でも、羽柴先輩に言われたんだ」
「羽柴先輩に?」
「うん。歩み寄ってやれって。部内でギスギスしてるのは嫌だけど、向こうも多分、同じだけそれを感じてるからってさ」
「でも、勝手な事ばっか言ってるのは楓だよ」
「かもな。でも、それはあいつなりに何か理由があるのかもしれないだろ。話すタイミングがあればいいなって思ってるんだけど、なかなかないんだよなぁ」
「話す、タイミング……」
浬はハッとした。今まで、楓がどうして航に辛く当たるのか、それの理由なんて浬は聞こうとしなかった。なぜなら彼の態度は、単純に航への嫉妬やライバル心、好き嫌いだけだと思っていて、楓が精神的に子どもであるせいだ、と思っていたからだ。
だがもしかすると、何かもっとまともな理由があるのかもしれない。そうだとすれば、長年一緒にいる幼馴染である楓を放っておくことはできない。
可能性は低いと思うけど……。でも――。
「航、おれに何かできることあれば手伝うから。何でも言って」
「ありがとう、浬」
航は眉尻を下げて笑みを零す。表面では笑みを見せていても、航だってきっと毎日嫌な思いをしているだろうし、本当は感情的に怒ったりもしたいかもしれない。それでも冷静さを失わない航は、浬の目に本当に大人びて見えた。
「航は大人だよね。いつも冷静で落ち着いてるし、やっぱりすごいや」
「目標にしてる人が大人だからかな。俺なんかまだまだガキンチョだよ」
航はそう言うと、やっとハンバーガーを頬張った。航の話すそれが誰なのか、浬はもう知っている。
「それって、羽柴先輩?」
「うん。あの人は俺の憧れだから」
「そっか……」
ほんの少し、羽柴を羨ましく思った。ただしそうは言っても、別に浬は航の憧れの存在になりたいというわけではない。ただ、航にそれだけ慕われ、信頼されている、ということが羨ましくて堪らなかった。
「羽柴先輩と航って本当に仲良しだもんね」
「まぁ、おんなじ中学だしな。中二の時さ、俺散々あの人に世話になったんだよ。――あれ。浬には話したことなかったっけ、この話」
浬は首を捻り、かぶりを振る。すると、航はゆっくりと話し出した。
「俺が中二の頃、船戸二中の剣道部はさ、一度廃部になりかけたんだ」
「廃部……?」
「うん。でさ、その時すげえ助けてくれたのが、羽柴先輩だったんだよ」
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