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「――ひ孫の顔が見たくてのう」
そう言うと、彼女は頬を桃色に染めた。
綺麗に歳を重ねたことが窺える、その白髪は眩いほどに光を反射する。
紫の生地に小花を散らした衣類はほんのり光沢感があって、より一層品の良さげな雰囲気を醸す。
推定八十歳。
彼女は慣れた足取りで事務所へ足を踏み入れると、その黒革の二人がけソファへゆっくりと腰掛けた。
途端に彼女を取り囲む家具までもが高価なものに見えてきて、私は思わず目を瞬いたのだった。
「どうかのう、ユウさん。孫の婿養子に来る気にはなったかの?」
そうして口元に手を当て、フォフォフォ、と上品な笑みを浮かべる。
あれ。今すごいこと言わなかった?
婿養子……?
耳を疑うような発言に、棚の上に散らかった書類を片付ける手を止め、思わず顔を顰めた私。
彼は一体どんな表情をしているのか。その後ろ姿からは想像できないけれど、それにしても相手が好青年ではなく客観的に見てかなり危険度高めな男に挑むなんて。なんというか、チャレンジ精神旺盛というか……。
勝手に一人で考え込んでいると、
私に背を向け彼女の向かいに腰掛けたその男は、小首を傾げてさらりと髪を靡かせた。
――私は今度こそ耳を疑った。
その楽しげ、且つ優しげな声音に。
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