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「ああ、新人のサクラですよ」
こちらは一瞥もせず、淡々とそう口にした彼。
紹介にしては簡単すぎるそれに、"それだけ!?"と若干焦るも、一旦目を閉じ表情筋をリセット。その後、ご挨拶の意味も込めて自分史上まあまあ出来の良い笑顔を浮かべる……が、時既に遅し。
その視線はもう神谷さんへと戻っていた。そう、私のことなんて全く眼中にないといった様子で。
「ぎゃはは!さっきからすげぇ百面相だな!サクラ、いいぞ!バカっぽいぞ!」
アナタには言われたくない、と思った。
頭上から降ってくる、酷く楽しげな声。
いつの間にやら近くにやってきたその声の主に対して、既に遠慮の心が無くなっている私は、ぐっと眉間に皺を寄せジトッと見上げる。
そして
「……なんですか、あの神谷さん」
――何が貴女の旦那、だ。
これが、常連貴婦人と短命無職女への対応の違いかと思うと、嘆かわしいほどに……妥当な対応である。
「……何か、変なの」
つまりは、完全なる負け犬の遠吠えだ。
もはや聞き流して欲しい独言なのだけれど。どうやら彼に愚痴った私が間違っていたらしい。
「いや、サクラの方が変だっつの!なんだそのガラガラ声、酒弱すぎだろ。もはやオヤジみたいになってるぜ?
……おっ!今名案が降りてきた!トメさんの旦那に立候補したらどうだ!?」
「うるさい」
彼の溌剌とした声は、若干二日酔いの頭にガンガンと響く。
買物に出かけたトシさん不在の現状を嘆く私。一方ストレートな言葉にショックを受けたらしい奴は大袈裟に胸元を押さえ、それでもなお続けた。
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