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「息? あぁ、人間は呼吸が必要だからか。面倒な生き物だな」
そういう言いぐさということは、吸血鬼は息をしていないのだろうか。ますます吸血鬼という生き物がよく分からなくなってきた。いや、そうなると生き物ということにも疑問がある。この人は息をしていないらしく、それに決定的に生き物と違うのはこんなに胸にくっついているのに全く心臓の音がしないことだ。
吸血鬼……よく分からない。
「それじゃさっきは息が出来なくて死にそうだったのか」
コイツ。口の端を吊り上げて笑う姿はまるでアタシの死を願っていたようで、恐怖というより怒りを覚えた。
「死んで欲しかったわけ?」
嫌みたっぷりの声で聞くと彼は別にと答えた。その笑顔がムカつく。何があってもこの人の前では絶対に死んでやらない。
「今、俺の前では死んでやらないと思っただろ」
……得意げな顔が非常にムカつく。
「アタシ、まだ……っ!」
若いから。そう言おうと思ったのに、目に映った光景に驚いて声が喉の奥に引っ込んでしまった。だって誰かの足が彼に向かって飛んできているのが見えたのだ!
ゴッ!
瞬間の出来事だった。気づいた時にはもう彼の頭に蹴りが入れられていて、凄まじい音と共に彼の姿が飛んでいっていた。
蹴ったのは青の長髪の、銀色の目の男の人。瞬きすれば見逃してしまいそうなくらい短い間だったけど、アタシの目はそれを鮮明に映した。そこまで見えていたのに、口に出すよりも速く、男の人は彼を蹴った。そのおかげでアタシは
「ぎゃぁぁぁぁ!」
すごい速さで落下中である。
彼が蹴られた時、アタシは空中に放り投げられたのだ! 普通の人間であるアタシには空中で身体を止める術はなく、かといって猫のようにうまく着地できるわけでもない。落ちて地面に打ちつけられるしか、ない!
忘れていた高いという恐怖や死への恐怖が蘇ってきた。
「放さないでって言ったのにー! 馬鹿ー!」
叫んでも、声は闇に溶けてどこかに飛んでいくだけ。
あぁぁぁ! もう死んじゃう! アタシはやって来るであろう衝撃に備えて目を閉じた。
しかし待てど暮らせど衝撃はやってこない。そればかりか落ちていた感覚もなくなっていて、代わりに腹の辺りに何かが巻きついている様な感じがする。
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