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アタシの方を向いたアイゼンバーグの顔が、背筋が凍るほど怖ろしかった。ニヤリと笑う唇から覗く銀の牙はもちろんのこと、瞳が、少しも笑っていない冷たい青い瞳が怖かった。アタシを、いやアタシたち人間を明らかに自分たちより下に見ている目、蔑みの、目。たぶんアイゼンバーグたち吸血鬼は人間を家畜のようなものとしか思っていないんだ。ただの食べ物、力の無い弱きもの、食べ物に抱く感情などなく、殺すことなど至極簡単な……。
「でも、それならあの女の子は……?」
アタシがアイゼンバーグを見た時に血を吸われていたらしいあの女の子は殺されてしまったのか?
項垂れた身体、首筋から見えた真っ赤な血。それとももう殺された後で、死んでしまっていたのか? だとしたらアイゼンバーグは、この人は……人殺し。
「彼奴か。彼奴なら生きている」
「へ?」
驚きの一言に間の抜けた声が出てしまった。生きているって、だって。まぁほっとしたのだが、彼は今、自分の存在を知った者は殺すと言っていたのにまたどうしてだろう?
「彼奴は俺を見た瞬間に気絶した。そこを噛みついてやったから記憶も飛んでいる。それに一瞬では夢だと思うはずだ。人間は己の理解を超える出来事が起こると現実から逃げる生き物だからな」
アイゼンバーグはなにやら少し不機嫌そうに言った。ふむ、確かにアタシもこの人が吸血鬼だと公言した時に現実逃避しようとしたし、間違ってはいないだろう。でも、それなら。
「アタシだって見逃してくれれば良かったのに」
言ってもアタシも見たのは一瞬だった。あの時はアイゼンバーグの顔さえも分からない状態だったのだ。もしアイゼンバーグが追いかけてさえ来なかったら、アタシも現実逃避して終われたのに。
「あぁ、ホノカは無理だ。俺の姿だけならまだしもデインの姿まで見たからな」
……あのお兄さんはアイゼンバーグを追いかけてきたんだよな。だったらやはりアイゼンバーグがアタシの所に来なければ良かったのではないか? つまり全てを整理するとアイゼンバーグの所為ということで……。
あぁもうっ! 元凶は全てこの人にあるのか!
「それってアイゼンバーグが追いかけてきたからじゃない!」
「ホノカが逃げるからだ」
「じゃぁどうして追いかけてきたの?」
「そういう気分だった」
「は? 気分?」
淡白に答えた彼に気が抜けていくのを感じた。
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