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これを、飲む。アタシはゴブレットを見た。寒気がする。
アタシには無理そうだった。人間の血なんて飲めるわけがない。だってアタシはついこの間まで人間だったのだから。それに生血ということは生きている人間から取ったということだ。出所を考えようとしたら気分が悪くなってきたのでやめた。ダメだ。深く考えたら吐いてしまいそうだ。
「私は遠慮させてもらう」
「相変わらずだね。ホノカはどうかな」
アタシは首を振った。するとブランは「勿体ない」と少しだけ残念そうに言ってもう一度ゴブレットを傾けた。
「それで、話を戻そうか。答えてくれるかな、ホノカ」
ブランではなく、フェリックスさんを見上げる。フェリックスさんはちらとアタシを見てから口を開いた。
「彼女は私の眷族の眷族だ。たまには趣向を変えてみようと思って連れてきたのだ」
「フェリックスには聞いていないのだけれど。……まぁ良い」
不機嫌そうな声だった。それからブランは「しかし」と話を続けた。
「黄の雑種にしては瞳の色が暗い。ホノカは本当に黄の吸血鬼なのかな」
ドキリとした。
ブランがじっとアタシを見ているような気がする。テーブルの上で組まれた彼の指が小刻みに動いている。
「実は彼女はまだ契約途中なのだ。だから瞳の色が変わっていない」
「契約途中? ということは、ホノカは野良なのか。野良がこんなにも大人しいなんて」
ブランが驚いた声を出す。
やはり不完全な吸血鬼のくせにこうして平然としていられるのはおかしいらしい。アタシとしては理性を失っている方がおかしい状態なのでこれで良いと思っているのだけれど、野良吸血鬼を見たことのある側としてはアタシの方が異常なんだろう。
「そんな野良は今まで見たことがない」
ニタリとブランの口角が上がったような気がした。
銀のゴブレットが口に運ばれ、喉が上下に動く。机の上に戻したゴブレットに美女が水差しから新しく血を注ぎ入れた。ブランが赤い液体を注いでいる美女の耳元に唇を近づける。たぶん、ブランは何かを囁いている。それがすごく絵になっていて、アタシは思わず見とれてしまっていた。
美女は声を出さずに笑ってから水差しをゴブレットの隣に置き、部屋を出ていった。
ブランはアタシに向き直る。アタシは急いで下を向いた。
「それでフェリックスはどうしてホノカを連れてきたのかな。先程たまには趣向を変えてと言ったが、君は今まで眷族の一人も連れてきたことがないじゃないか。それがどうして眷族でもない雑種を、それも野良を連れてきたのかな?」
心臓がうるさく鳴っている。
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